第37話「お茶会で癒して」
────宮殿・中庭。
背の高い植え込みが並ぶ入り組んだ場所。アーチをくぐった先の中央広場に設けられた広いガゼボの下で椅子に座り花々を眺めて、ローズとシャルル、マリーの三人は紅茶を嗜む。甘いケーキを口に運びながら楽しそうに。
「──じゃあさ、ベアトリスは一人でお父さんを迎えに?」
危険な場所だと聞いていただけにシャルルは驚いた。
ローズはケーキを口に運びながら「ああ」と答える。
「クロユリ地区にどういうルールがあるのかは知らんが、少なくともベアトリスが襲われる事はない。それに、手土産も持たせておいたしな」
「あら、手土産ってなにかしら。私にも教えて?」
「銀貨だよ。トランクいっぱいに詰めておいてやった」
あらかじめベアトリスには旅立ってしばらく生活をするだけの金銭を渡しておき、それとは別にクロユリ地区へ向かうのに万が一の身の安全を考えてトランクにたっぷり銀貨を詰めて運ばせ、『モンステラ親子の安全を約束する事』を条件に浮浪者やごろつき問わず渡すよう伝えた。
もしもその約束を破ったときは──。そこで言葉を止めて彼女は悪だくみでもしていそうに「フフフ……」と笑みを浮かべて楽しそうにしている。
「さすがに魔女を何度も相手にする気はないだろうね。もしその人たちがローズを怖がらないとしても、後ろ盾に近衛隊がいるって分かってるんだもん」
「きちんと脅し文句も用意してやったから、今頃はおとなしく協力してくれているだろうさ。ま、絶対とは言えないからシトリンを尾行させてはいるが」
なんの監視もつけないほどローズも愚かではないし、クロユリ地区の人間を信用していない。実際に襲われただけに護衛もつけようかと考えたがボリスでは適任ではないし、かといって他の近衛隊では不安だ。そこでシトリンならば姿も隠せるし、何があっても対処できると一任した。
誰にとってもシトリンほど恐ろしい存在はいない。
「……おっと、誰か来たみたいだな」
ぐすぐすと泣く声がだんだんと近づいてくる。やってきたのはフェリシアだ。
「なんだ、ボリスと一緒かと思ったが独りか?」
「そうなんです。途中で殿下が戻ってきて話があるって」
笑っていたから悪い話ではなさそうだとフェリシアが言って、一瞬だけひやりとした気持ちにホッと胸をなでおろす。
「とりあえず座れ。今日くらいは愚痴を聞いてやるとも」
促されるまま空いていた椅子に座り机にごつんと頭をのせて、哀愁を感じられる木枯らしのような特大級のため息をついてげんなりした。
「……なーんでこんなに上手くいかないんだろ。私が好きになった人って、みんなどこか行っちゃう。ボリスとベアトリスが仲良くなったのは嬉しいんですけどね。なんていうか寂しくなっちゃって……魔女様たちも帰ったらまた私だけだなって」
これまではアスター伯の名が邪魔をして寄って来なくなってしまった者もいれば、彼女の構ってほしいばかりに言ったわがままで立ち去られた事もあるが、今回に限っては特にフェリシア自身に悪い点がないばかりに「どうして」と悲しそうだ。
「魔女様のおかげですごい楽しい思い出はできたんですよ? 普段は行かない小さいお店とかベアトリスに教えてもらって。庶民ってこんな暮らしをしてるんだって。……みんなが羨ましい。モンクシュッド家の娘じゃなかったら良かったのに」
「ここで何をやっている、フェリシア。聞き捨てならない言葉が聞こえたが?」
今の生活はまさしく鳥かごに中に閉じ込められているようだと嘆いていると、後ろから影が伸びてくる。振り返ったフェリシアがぎょっとした。椅子から慌てて立ち上がり、瞬く間に冷や汗をたっぷり掻いて彼女は震えながら俯く。
「ち、違うんです! 申し訳ありません────お父様!」




