第36話「私たちはずっと」
宮殿の中は、二人が仲睦まじく話しながら歩く姿にざわつく。話したこともないような──傍から見ればでしかないが──ふたりのどこに接点があったのだろうという懐疑的な視線が集まった。
しかし気にしない。気にならない。以前であれば目を逸らして俯いていたベアトリスも、今は楽しそうにしている。彼女の手には贈られたダイヤモンドリリーがあるから。
「私はヴェルディブルグの式典にも参加したことがあります。あちらの国も大変治安が良く、暮らしてみたいと思うほどでしたよ! きっとベアトリス、あなたも気に入ります。たとえば……あっ、失礼。私ばかり喋ってしまって」
「お気になさらず、とても楽しいので。でも、そろそろ終わりですね」
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。気付けば宮殿の外まで来て、前庭の広さが目に入ると「もう少しだけ」と彼が言う。彼女はゆっくり首を横に振った。
「すみません。ラナンキュラス様とも話していたいのですが」
もっと大事な事があると前庭へ歩き出す。陽当たりの良い場所で、どんよりと暗い空気をまとって植え込みの隅にうずくまる少女の元へ行く。
「……なによ。惨めになった私を笑いにでも来たの?」
顔を上げられないでいるのは真っ赤になって泣き腫らしている姿を見られたくないからだ。そのまま立ち去ってくれと願った。
「笑うわけないです。どうしても言いたいことがあって」
ビクッとする。自分から遠ざけようとしたのだから何を言われても仕方ない。分かっていても辛いと思う気持ちは変わらない。我慢ができるだけだ。しかしベアトリスの口から出た言葉は、彼女の顔を上げさせた。
「フェリシア様、これからも友達でいてくれませんか」
「あ、あんた……私のこと怒ってないの……?」
「ここへ来る途中、ラナンキュラス様からすべて聞きました」
ベアトリスから差し出された手を取り、ぐすぐすと泣きながら立ち、すぐ後ろでニコニコとしているボリスを見る。なんで自分の事を話したのかと小さく睨んだ。
「本当に私が友達でいいの、ベアトリス。今日までずっとあんたの事を助けたりもしなかったのよ。見て見ぬフリしてきたの、分かってるでしょ?」
今まで何度も彼女が他のメイドたちに嫌がらせを受けているのを見てきた。もし魔女がやってこなければ、きっと変わらなかった。ベアトリスが盗みを働いたからなんだと言うのか。自分だってそれ以上に酷い事をしてきたじゃないか、と。
「それでもあなたは助けてくれたではありませんか!」
彼女の叫ぶような声がこだました。木にとまっていた小鳥たちが驚いていっせいに飛び上がるほどの力強い声だった。
「ほかの誰も助けるどころか遠ざけようとしました。最後まで手を差し出すどころか視線を逸らしてばかりで……でもあなたは自分の恋すら諦めて私を助けてくれた! 何を言っても言い切れないくらい、あなたには感謝してるんです!」
ぼろぼろと涙が溢れだす。震えた声は、まだ言葉を紡ぐ。
「お願い、フェリシア。どうか私の友達でいて。いちばん大切な友達でいてほしい! すごく贅沢な事だって分かってるけど、このままお別れなんて────」
唐突に抱きしめられて、ベアトリスは言葉を途切れさせた。
「当たり前でしょ、私たち最高の友達よ! これからもずっと……ずっと友達だもん! 私にとっても、あんたは最初の友達なんだから……!!」
ぎゅうっと強く抱きしめて、抱きしめられて。揃ってわんわん泣いた。どこまでも響くような大きな声で、互いの別れをいつまでも名残惜しく思うように。




