第17話「お揃いの懐中時計」
カレアナ商館のなかは飾りっ気はないが、ウェイリッジでは最も多くの品物が揃う場所で、見ているだけで楽しめると言っていい。各地から運ばれてきた果物や毛皮、香辛料などのほかに武器や防具といった、今の時代では使い道のあまりなさそうなものまである。
シャルルには珍しく、見慣れたものも多くあったがどれも目を惹かれた。
「フフ、興味津々ね。自由に見て歩いてもらって構わないから」
「え! じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな?」
すっかり無邪気にシャルルは商館のなかをあちこち歩き回り、商人に声を掛け始める。実に楽しそうだとローズは嬉しそうに微笑んだ。
「まあ。あなたが他人にそんな顔をするなんて」
「……ん? 珍しいとでも言いたそうだな」
予想外に飛んできた言葉にローズが怪訝な顔をする。
「だってそうでしょう。あなたが誰かを連れ歩いたこと、いちどでもある?」
過去を振り返ってみてローズ自身にも記憶にない。果てない時間を生きるだろう魔女にとって基本的には旅の道連れなど不要であり、なかでも彼女は特別、他人への感情が薄いこともあって誰かを連れ歩くなどマリーには考えられなかった。
「しかも、あんなに可愛らしい女の子をどこで捕まえたのかしら」
「気付いたのか? 他のヤツにはバレなかったのに」
驚くローズに彼女はチッチッと指を振って鼻を高くした。
「当然よ、最初は不思議な子だと思ったけれど。それにずいぶんと身分がしっかりしていそう。……たとえば侯爵家の娘とかかしら? 魔女は位の高い人たちとの繋がりがとても強いってうわさをよく聞くから、大当たりじゃないかしら!」
多くの人々に関わってきたマリーは、握手をかわせばなんとなくではあるが相手がどういう人物かを理解するのに長けている。彼女いわく『手には人柄と経験があらわれる』らしく、シャルルが何者かは正確ではないものの概ね当たっていた。
「ほとんど正解かな。あまり触れないほうがいいのは確かだ」
「……まあ。それなら詳しくは聞かないことにするわ」
ローズがわざわざ言うほどだ。考えるまでもなくマリーにも想像がつく。
「その場合、丁重にもてなしてあげたほうがいいかしら」
「お前は察しがいい。だが普段通りで構わないよ。今はただの庶民さ」
身分を隠して魔女の付き人として旅をする以上、いかにヴェルディブルグの名を冠していようと、どう扱うかはローズの決めるところにある。彼女が〝庶民だ〟と言えば、その身分でしかない。マリーはしずかに頷いた。
「じゃあ、パパにもローズが来たと伝えてくるわ。きっと喜ぶはずよ」
「頼む。少し話したいこともあるからな」
小さく手を振ってマリーは商館の二階へ上がっていく。そのあいだローズは商館で少年さながらに楽しそうな顔をして駆け回っているシャルルを眺めた。
「あっ、ローズ! 見て、とってもかわいいアクセサリーがあったんだ。ほら、ドクロのネックレス! お揃いみたいじゃないかなと思うんだけど、どう?」
意気揚々と戻ってくる彼女の額をこつんとローズが指で弾く。
「まったく似合っていない。下らんものを買ってくるな、金の無駄だ」
「ええ……、残念。似合わないなんて初めて言われたよ」
がっくりするシャルルにローズがいたずらな笑みを浮かべる。
「おべっかでも欲しかったのか?『ああ、シャルル。お前は何をつけてもよく似合うな』と? 私の口からそんな言葉が飛び出してきたら寒気がするだろ」
「……あはは、たしかに。思ってもないのに褒められるのは嬉しくないよね」
仕方なくネックレスを外そうとしてローズが彼女の手を止めた。
「まあ待て。お前にドクロのネックレスは合わないが、こうしたらマシだ」
触れられたネックレスが光り輝き、ドクロの装飾は猫の彫刻された懐中時計に変わった。サイズも彼女にぴったりで手にフィットするよう出来ている。
「わ……可愛いなあ。猫の彫刻がすごくいい!」
「フ、気に入ってもらえたようでなにより。それなら──」
彼女は自ら首に提げていたドクロにも触れて同じ懐中時計にする。違うのは彫刻が猫ではなくフクロウで、シャルルが身に着けているものよりも銀色がややくすんだ、銅に寄ったような色合いをしているくらいだ。
「これでお揃いだな。どうだ、似合っているか?」
シャルルが子供のように目をきらきら輝かせて何度も強く頷く。
「すごく似合ってる! 最高だよ!」
「ん、悪くない感想だ。なかなか気分が良い」
ローズも彼女にならって、いつもより良い笑顔をしてみせた。




