第30話「ずっと我慢してきたんだから」
不服そうなマリーの追及をかわしながら、フェリシアに案内されてやってきたレストランはリベルモントでも見栄えが良い。見るからに来る人間を限っていそうな雰囲気があった。「ここでも良いですか?」と尋ねられてローズは「どこでもいい」と答えた。
彼女は中に入って自分が気に入ればそれでいい。
「いらっしゃいませ。……これはフェリシア様……に魔女様!?」
出迎えにやってきた主人らしき男が目を見開く。少し疲れの感じられた表情は、途端に消し飛んで「ど、どうぞ中へ!」と緊張に上ずった声を出した。
「こんばんは、アシュベル。個室は空いてる?」
「ええ、もちろんでございます。ご案内しましょう」
静かだった店内は途端に騒がしくなる。料理人も厨房から顔をのぞかせて、ローズの姿を見つけると黙ったまま急いで戻っていった。
シャルルは周囲の反応が不思議なのか、ローズの耳元で囁く。
「なんだかいつもとは違う雰囲気だね。皆驚いてる」
「リベルモントの王都を歩きまわる事がないからな」
過去に幾度か訪れたとき、王都ペレニスは広すぎて駅から離れた場所をほとんどうろつかなかった。そのためか、魔女を見る機会が彼らはヴェルディブルグの人間と違っていくらか乏しいのだと彼女は言う。
モンクシュッド家が利用するレストランの個室は広く、完全に他の客とは区分された場所にある。ほかの誰の視線もないのでローズはやっと落ち着けた。
「はあ、やれやれ。視線が集まるのは疲れるな」
「申し訳ありません、魔女様……」
しゅん、とフェリシアが落ち込んだ顔をする。
「お前のせいじゃないよ、フェリシア。気にしなくていい」
着席してからメニューを受け取り、少し暗くなったフェリシアを気遣いながら、ずらりと並んだ料理の名前を見て「何がなにやら」とつぶやく。ベアトリスも何を選んでいいものかと思うほど値も張るものばかりだ。
「あの、代金は私が払いますから! ていうか払わせてください!」
モンクシュッドの令嬢としての立場を考えてフェリシアが言う。すこし緊張した面持ちで、メニューを掴む手にも力が入っている。ローズはあっさり断った。
「必要ない。おい、お前が店主で間違いないか?」
部屋の入口で立っていた中年の男──フェリシアにはアシュベルと呼ばれていた──が頷き、一歩前に出る。
「はい、その通りでございます。なにかご入用でしたら……」
ローズはテーブルのうえに金貨二枚を出す。
「それほど食べないとは思うが先に受け取ってくれ」
これでフェリシアが支払いをしなくても済むだろうと彼女は満足げだ。五人はそれからゆっくりメニューを選び、明日の観光に向けて会話を楽しむ。料理が届いてからも、ゆったり落ち着いた時間が流れていった。
「宮殿の料理にも劣らん味わいだ。フェリシアはいつもここへ?」
「はい。パパが好きなんです、このお店。だから専用の個室もあって」
「フ、それでお前はどうなんだ? 好きなのか?」
「……うーん。どうなんでしょう、いつも緊張しちゃうから」
モンクシュッド家に恥じない立ち振る舞いを常から求められる彼女にとって、家族との食事さえも心の落ち着くところではない。レストランの上質な料理もいまいち味を実感できないでいたが今日は違うと嬉しそうにした。
「みんながいますから。シャルルさんも、魔女様も、マリーさんに……それからベアトリスも。友達と食べる料理がこんなに美味しいだなんて、私ずっと知らなかった……」
思わずぽろぽろと涙がこぼれて、ごめんなさいと慌てて拭う。せっかく楽しくしていたのに涙など見せてしまっては申し訳ないと感じた。
シャルルはニコニコとしながらハンカチを差し出す。
「今までずっと我慢してきたんだもん、泣いたって誰も怒らないよ。何度も拭いて、何度も泣いて……またひとつ前に進めたんだって思うようにしたらいいんだよ」
昔の自分を見ているようだと懐かしみながら彼女はそう言った。




