第29話「良い友達」
ロビーで寛ぐ三人に声を掛け、シャルルが支度を済ませたら出発だ。五人も揃えば和気藹々と話も弾み、街を歩く姿は華があった。特にローズは魔女なので、特徴的な外見から目を惹く存在になっていた。
「相変わらず魔女は目立つわね、ローズ」
マリーは嫌そうに言った。彼女もひとりの人間なのに、と。
「仕方ないさ。あまり好奇の目に晒されるのは好きではないがね」
魔女とは世界にひとりしか存在しないのだから、街を歩いていてすれ違えば当然の如く視線を集めてしまうものだ。それでも極力、誰もが下手に声を掛けて邪魔をしないようにはしているから十分助かっている。
「魔女様って、いつもこんな感じで普通に歩いたりしてるんですか?」
フェリシアが不思議そうに尋ねた。
「ああ、そうだが。なにかおかしいか?」
それが普通のことだろうと言っても、彼女はいまいちぴんと来ない。
「もっとこう、リベルモントに来るときも近衛隊が護衛についたりするものかと思っていたんです。ほら、私たちでもよくある事なので……」
貴族というのはいかに親民的で国を想おうとも目障りに思う者は多い。命の危機に脅かされないよう護衛を連れ歩くのは当たり前の事だが、魔女はそもそも不老不死だ。心臓を貫かれても死にはしない。
だから護衛を連れ歩くメリットがなかったし、何より彼女は気分的に不自由になりたくないので、どこへ行くのにも邪魔が入らないようにしていた。
「お前たちのような大貴族にもなれば必要なんだろうが、私は魔女だ。そんなもの連れ歩かずとも自分の身を守るくらいはできるさ」
もし本当にローズが感じた事のない危機に追われようとも、いざとなればシトリンに頼ることもできた。シャルルだけがそれを知っている。
「へへ、ボクもローズのおかげでいつも助けられてるよ」
「お前は……もう少し自衛の手段もあればいいんだがな」
ミランドラでの出来事をシャルルはあまり気にしていないようだが、ローズにとってはややトラウマ気味だ。何事もなくすべてが済んだから良かったものの、一歩間違えばディロイ・カスパールに体をバラバラにされて捨てられていたかもしれないのだから。
「それよりシャルル、少し気になったんだが……」
「うん? ボクがどうかしたの?」
シャルルのつま先からゆっくりと視線を上げていく。
「お前、その服を気に入ったのか。私はいつものほうが好きだが」
彼女が着ていたのはヴィンヤードでローズから借りたフリルシャツとスカートだ。よく似合うと褒めた事もある。
「良いお店に入るのに、良い服を着たほうがいいかと思って」
いつものニュースボーイを思わせる少年的な服のほうが彼女自身も好んでいたが、フェリシアが紹介する店なら恥を掻かせてはならないだろうと持ってきていたローズの服に着替えていて、「こっちも似合うでしょ?」とウインクをする。
「……ああ。ここにいる顔ぶれで一番だな」
マリーやフェリシア、そしてベアトリスもきれいな服に身を包んでいる。傍から見れば仲の良い令嬢たちが遊びに出かけているふうにしか見えない。
「まあ。ローズったら堂々と惚気ちゃって」
肘で小突いたマリーがニヤニヤとする。だがローズに「お前も良い相手を見つけろよ」と言われて、ぷくっと頬を膨らませて「もちろんよ!」と怒った。
「マリーさんは魔女様と仲がよろしいんですね」
フェリシアに言われて不機嫌もどこへやら、すぐに明るい笑顔で「ええ、生まれたときからの仲だもの!」と嬉しそうに頷く。
「ローズはね、近寄りがたいように見えるけど分け隔てないの。だから……えっと、フェリシアちゃんにベアトリスちゃんだったかしら。あなたたちもきっと仲良くなれるわ。もちろん、私も二人と良いお友達になりたいと思ってるからね」
聞いていたローズが顔を逸らして、ぷっと小さく噴き出した。
「……計算高い奴。これだから商人の娘は」
「あら、ローズったら何か言ったかしら」
「いいや、何にも。気のせいだよ、多分な」




