第22話「お金より大切な縁」
シャルルがとった部屋へ移り、受けた依頼について、その現状も──ベアトリスが盗みを働いていることも含めて──事細かに伝える。相談を受けたマリーは難しい顔をした。
「うちで雇ってあげられたらいいんだけれど」
そう言って苦笑いをするしかなかった。
カレアナ商会では働き手が多い。今以上に誰かを入れるのは厳しいだろうと見立てた。盗みの経歴がある人間を雇うのは、さすがにマリーでも渋った話だ。
「いくらローズの頼みでも、商いは慈善事業じゃないから皆の理解を得るのは難しいわ。……ごめんなさい、力になってはあげられないかも」
「雇ってくれという話じゃないさ、マリー。運び屋をしてくれればいい」
何もベアトリスを雇う必要はなく、居場所はすでに考えてある。これから必要になるのは宮殿へ運ぶ盗品の数々と、全てが終わった後に彼女を連れて『ある場所』へ向かってほしいとローズは言う。
「ある場所? それって遠いのかしら?」
「いや、ヴェルディブルグ領内で、ウェイリッジからそう遠くない」
「別に遠くても構わなかったけれど……どこへ連れて行くの?」
「ヴィンヤードだ。私の故郷だと言えばわかるよな」
「……あら。でもあそこってよそ者はあまり好まれないんじゃ」
「オーカーはな。クレールならそうでもない」
クレールの住民は比較的優しく、多少排他的な側面を持ち合わせてはいるが、ローズの紹介だと言えば受け入れられる。とくに村長であるマクシムや、ローズとはそれなりの仲であるミランダならサポートも惜しまない。
「ベアトリスひとりなら他の場所も考えたが、父親と一緒に暮らせるならそのほうがいいかもしれないと思ってな。ヴィンヤードなら土地も余ってる」
「なるほど、そうなのね。なら手伝えるかもしれないわ」
「ありがたい。もちろん労い程度にはなるが金も用意がある」
ローズの申し出にマリーはやんわりと首を横に振る。
「ううん、これまでローズには色々と助けてもらってるし、私にはそれほど必要ないものよ。また遊びに来てくれたら、そっちのほうが嬉しいわ!」
そういって小指を差し出して「約束よ」と言い、ローズは「約束だ」と小指を結び、笑い合う。「ボクも行くからね」とシャルルも乗り気だ。
「ではとりあえず今日のところはゆっくり過ごして明日の朝に実行だ。とりあえず腹も空いたから、なにか美味いものが食べたいな。近場に良い店はあるか?」
「それなら私が良い場所を調べてあるの。一緒にどうかしら」
ひとり旅を満喫するつもりでリベルモントについて下調べを済ませてからきたマリーは、首都ペレニスの見所だけでなく宿から小さな喫茶店に至るまでを記憶している。驚くのはそのすべての地図──細い路地に至るまで──を頭に叩き込んでいて、町自体は初めてでも見知っているかのように案内ができる点で、夕食のときにでもと考えていたレストランにローズたちを連れて行こうとはしゃぎ気味だ。
「それは名案だな、マリー。シャルルはどうだ?」
「異論ないよ。三人で食事が出来ると思うと嬉しいなあ」
ヴィンヤードを初めて訪れてから手紙でのやり取りはあったが、シャルルはローズと違って一度も顔を合わせることができないでいた。偶然の再会はなによりも嬉しいもので、出掛けるのが楽しみで仕方がない。
「フフッ。喜んでもらえて嬉しいわ、シャルル。じゃあ、せっかくだから話の続きは食事でもしながらゆっくりしましょ! 昔『軍隊は胃袋で動く』なんて言葉を聞いたことがあるけれど、普通の人たちだって食べなきゃ元気が出ないものでしょう?」
それを聞いて、よく動く奴だとローズはくすくす笑った。
「昔よりたくましいな。アネットによく似ているよ、今のお前は」
「……あら、私がママに? フフ、ちょっと嬉しいかも」




