第14話「シャルルの秘策」
誘われてフェリシアは金貨をぎゅっと握りしめる。視線は傍にいるベアトリスに向けられた。本当に一緒に見ていいのかという気まずさを抱えていた。言葉にするかを迷い、踏み出せないまま彼女は立ち尽くす。
「どうした、はやく来い。見逃してしまうぞ」
「でも……私が一緒に見ていいのかって」
「いいんだよ。私が楽しむためにお前を雇うんだから」
他の誰にも文句を言わせないのがローズのやり方だ。ベアトリスも、それを知ってか知らずか二度ほど頷いて「魔女様の仰る通りですよ」とフェリシアに言う。
そうして彼女は、まだ落ち着かないながらも二人と一緒に会場へ戻ろうとする。ベアトリスといるところを誰かに見られたとしても、魔女に雇われたのなら言い訳もできると安堵した。
既に準備は整っていて、オーレリアンがローズを見つけて「こちらへ。そろそろ始まりますよ」と近い場所を案内する。
「連れがいるんだが、いっしょで構わないか?」
「もちろんですとも。椅子をご用意しましょうか」
「気遣いは要らない。それより、さっきよりも元気がないようだが」
隠していたつもりなのか、雨模様の感情を見つけられて彼は肩を竦めた。
「ええ。実は楽しみにしていたヴァイオリンの奏者が体調を崩したそうで、代理の方になると。楽団の方々とも打ち合わせをして新しい楽曲を披露してくれるはずだったんですが今回見送る事にしたそうです。今日のためにと特別に手配していた馴染みのある一流の奏者でしたから残念で。どんな方が来るのか、少し興味は惹かれますが」
オーレリアンは自身に音楽の才能がない事を哀しんだが、一流の奏者たちが目の前で演奏をしてくれるのを誇りに思い、敬愛して毎年違う楽団を招待するが、中でもヴァイオリンは彼の関心を引くもので決まって最後にはソロの演奏があった。
今日のためにと呼んだのは三度目にもなるほど気に入っていた奏者で、期待は大きかった。とはいえ新しい奏者の発見は宝探しをするようなわくわく感があって喜ばしい、と捉えて彼は前向きに考えた。
演奏が始まれば誰もが傾聴し、満足そうな顏をする。オーレリアンもさきほどまでとは打って変わって嬉しそうだ。しかし一方で音楽に造詣の深くないローズは退屈そうにぼんやりと聴いていて、あまり興味が感じられない。
終盤、ようやくヴァイオリンの奏者がやってきて最後の演奏に差し掛かる。誰もが信じられないと驚きの声を上げ、ローズも目を丸くしたのはヴァイオリンを手に持って現れたのがシャルルだったからだ。
彼女は自信に満ちた様子で彼らの前に立ち、深くお辞儀をする。視線は一瞬、『見ていてよ』とでも言いたげに近くにいたローズへ向けられた。
(……おいおい、代理というのはシャルルの事だったのか?)
ずっと姿が見当たらなかったので十分可能性のあった話で、頭の片隅に置いていたからか驚きつつも彼女は目の前の出来事に冷静だ。
「あ、あの……止めなくていいんですか……?」
さすがにベアトリスは困惑しているようだが、ローズは首を横に振る。
「何も考えずに人前に立つほど馬鹿な子じゃないさ」
シャルルへの信頼が表情に出る。賭けではない自信と誇りに満ちた様子を見て、絶対に大丈夫だとローズは何も言わずに見守る事を選ぶ。
度肝を抜くような洗練された技術を持つシャルルの演奏は素晴らしく、しんと静まり返った会場は彼女が演奏を終えるや否や拍手の渦にのみ込まれていく。彼女はまた深くお辞儀をすると、楽器を傍にいた楽団員に返して礼を言う。
「……すばらしい! なんと美しいんだ!」
オーレリアンも熱意のこもった拍手を送り、彼女に歩み寄る。
「このオーレリアン、感服いたしました。ヴェルディブルグ王家の人間は皆があらゆる技巧に秀でているとは聞いておりましたが、これほどとは」
「はは、熱いお言葉をありがとうございます。すこし緊張を……っ?」
話そうとしたシャルルの手を取ってぎゅっと握りしめたオーレリアンは、彼女の事を知ってか知らずか目を輝かせながら会場に響くような声で。
「────結婚してもらえませんか、ぜひ、この私と!」




