第8話「気まぐれな雨」
夜に疲れを残してパーティに出席するのは良くないと考え、観光はいったんやめてラトクリフの自宅でたわいない話をしながら過ごす。そうして外が暗くなり時計が夕刻を示した頃になって「そろそろ戻るよ」と伝えた。
空は少し薄曇りだ。見上げたラトクリフが「祭りが中止にならなければ良いのですが」と暗い顔をする。年に一度しかないので、彼も楽しみにしていた。
「さすがに私も天候までは操れないが」
「ハハ、そこまでお願いはしませんよ。面白い方ですね」
「……たまに天然だと言われるよ、心外だがな」
「念のため傘をどうぞ。雨に濡れると風邪を引きますから」
渡されたのは二人分の傘だ。ローズは一本をベアトリスに渡した。
「あ、あの……私の事は気に掛けて下さらなくても」
「私たちは二人で入るからいいんだ、それはお前が使え」
ローズはフッと笑って傘を広げながら────。
「遠慮するばかりが礼儀ではない。受け取るのも優しさだよ」
「だってさ、ベアトリス。ローズの言う通りだとボクも思うなあ」
そう言われて、照れと申し訳なさを感じつつ彼女も傘を開く。
「あ、ありがとうございます」
「構わないさ。にしても、本当に降ってきたな」
空を見上げる。彼女たちが雨が降る前から傘を開いたのを察したように雲は唐突に雨を注がせた。
「……あまり続かなければいいが」
「だねえ。待っててもすぐには上がらないだろうね」
頼んでもないのに迎えの馬車があるわけもなく、土砂降りの雨の中を歩くのは気が進まなかったが仕方がない。傘もある事だし、シャルルと二人なら別に構わないかと諦めて帰る事にした。
「ではな、ラトクリフ。晴れた日にまた来るよ」
「ええ、いつでもお待ちしております」
町は悪天候で祭りの準備を中断させられて困り果てている。彼らの「はやく雨がやんでほしい」と残念がる言葉にリベルモントの平和ぶりが伝わった。
「みんな元気なくなっちゃったね……昼間はあんなに晴れてたのに」
「天候は気まぐれだから仕方ないさ。雨が上がるのを祈ろう」
宮殿まで戻れば、前庭ではボリスが雨に降られる中で傘を差しながら何人かの部下と話をしている。あまり表情は明るくなかったが、ローズたちを見つけて眩いばかりの笑顔を見せて小さく手を振った。
「レディ・ローズ。町はいかがでしたか、突然の雨で大変だったでしょう」
「少しな。だが晴れていてる間に十分楽しめたよ」
「それは良かった。今日のパーティには出席を?」
「例の皇太子のだろう。ラトクリフから聞いたよ、私も出よう」
魔女が出席すると言っただけでボリスも笑みを忘れるほど驚いた。
「本当に言っているんですか。なにかの冗談ではなく」
「お前、私をなんだと思ってるんだ……?」
そもそも魔女は──歴代はともかくローズは──パーティの類が嫌いだ。貴族ばかりが集まって耳障りな自慢話と腹の探り合いをしながら贅沢に過ごす時間。騒がしいだけで魅力などそこには感じられず、ましてや彼女に取り入ろうとする者も多く後を絶たない事がなにより気に入らなかった。
「まあいい。今日は気が向いたから出席してやると言ったんだ」
「……わかりました、陛下にもお伝えしておきましょう」
ベアトリスをちらと見て「彼女はどのように」と尋ねる。ローズは彼女が今日は自分の付き添いとして雇うことにしたのを話すと、納得した様子で小さく頭を下げた。
「では私はこれで失礼いたします、レディ・ローズ」
「ああ。そうだ、行く前にひとつだけ」
「……? はい、なんでしょうか」
呼び止めたローズはそれとない言い方をする。
「時間が空いたら少し話をしよう。実はちょっとした仕事があってね」
ボリスは彼女の言葉を理解してニッコリと微笑んだ。
「わかりました。パーティが終われば巡回がありますので、そのときに」




