第7話「想いに憧れる」
十分ほど歩いた後、ラトクリフの家に着く。町に馴染んでいるこぢんまりとした住まいは扉のたてつけが少し悪くなっていて、開けると高い声を響かせた。
「ぼろっちくてすみませんねえ。さ、なかへどうぞ」
部屋のなかは質素ながらも高そうな家具や調度品が揃っている。
ソファに座るよう促されるまま、歩き疲れた足を組んで座った。
「今、紅茶を用意しますから少し待っていてください」
キッチンへ彼が立ち、ベアトリスも自然と手伝いに向かう。横目に見てローズはやっと休憩ができたと息を吐き、背もたれに体を預ける。
「大丈夫、ローズ? 無理をしてない?」
「ちょっと歩き疲れただけだよ。運動不足だな」
「なら良いんだけどね。そういえばさっきは何を話してたの?」
「ベアトリスの事を尋ねていた。大した話は聞けなかったが」
まだ確実とは言えないボリスの依頼については本人に聞くまで黙っておく事にした。シャルルが教えてほしそうにせがんでも「お前だって今日は何をするか話してくれないだろう?」と返したら「いいもん、ボクだって秘密さ」とふくれっつらをされた。
「さあさ、紅茶が入りましたよ。クッキーもどうぞ」
「ああ、ありがとう。……ところでラトクリフ、あれは?」
ローズの目に映ったのは壁に飾られたラトクリフと女性が並んでいる絵画だ。彼はそれを見て懐かしそうに「妻ですよ、何年か前に亡くなったんですが」と答える。
「それは気の毒に。つらいことを聞いてしまったな」
「ハハ、お気になさらず。今は元気にしているといいんですが……ああ、そうだ! せっかくですから魔女様にひとつお願いごとはできませんか?」
彼は立ち上がり、小さな棚の引き出しから煌びやかな装飾の施された箱を取り出す。それはオルゴールだ。ただしゼンマイが折れてしまっていて奏でられない。
「私が妻に贈ったものなんです。生きていた頃はよく奏でて静かに聴いていたんですが、亡くなる少し前に壊れてしまいましてね。塞ぎ込んでずっとしまっていたんですが、いつまでも塞ぎ込むのも良くないと思って、修理してあげられたら、と」
折れてしまったゼンマイとオルゴールの箱を手にローズは耳を傾けながら「それくらいなら構わないよ」と請け負って、そっとテーブルに置いた。
「ありがとうございます。あの、報酬のほうは……」
「そうだな。なら、こんどペレニスの観光案内でも頼もうか」
オルゴールと折れたゼンマイの周囲を紫煙が覆い、破裂するようなボンッという音が響く。やがて宙を漂って消えていった紫煙の中からは本来の姿を取り戻したオルゴールの箱があり、今はきれいな音を奏でている。
「おお……なんと素晴らしい。妻の後ろ姿が思い出されます」
「良き妻だったようだな。そしてお前自身も。直してやれて良かった」
寂しそうに、しかし嬉しそうに目に涙を浮かべるラトクリフを見て彼女も微笑む。よほど大切に想われていたのだろうと思うと、自分もそうありたいと憧れを感じた。
「ボクたちもこうなれればいいなあ」
シャルルがぽつりとつぶやいたのを耳にして、ローズはプッと噴き出す。
「えっ、どうしたのローズ? なにか可笑しいことあった?」
「いいや、なんでもないよ。ただ同じだなと思っただけさ」
紅茶をひと口飲んで、シャルルには構わず「ところで」とベアトリスへ向く。
「さっきの楽団の連中は宮殿で演奏をする予定だそうだが……いつ頃から皇太子の誕生パーティが開かれるんだ? それまでに戻りたいんだろ、シャルル?」
「うん、そうだね。そうしてくれたら助かるかな」
「それでしたら陽が落ち切ってすぐくらいかと」
それを聞いて、ローズはひとつ軽くうなずいて。
「せっかくだ、誘いは受けてないが顔を出してやるとしよう」




