第5話「生誕祭」
気を取り直して宮殿を飛び出し、三人は町へ出る。賑やかさと華やかさが彼女たちを迎え入れ、自然と足取りは軽くなった。どこをみても目を惹かれる美しい風景を楽しみながら、ときどき気になった店に顔を覗かせた。
アクセサリーを買ってみたり、パンを食べ歩いてみたりして楽しく時間を過ごすうち、ローズはふと気になった事をベアトリスに尋ねる。
「ずいぶんと屋台が多いな。観光客も多いし、お祭りでもあるのか?」
ベアトリスは楽しそうに頷いて答える。
「そうですね。実を言うと今日は皇太子殿下の誕生日でして。毎年、この時期になると三日間の生誕祭があって、私たちメイドは宮殿で行われる盛大なパーティの準備に追われるんです。だから朝早くから清掃をしていたんですよ、みんなで」
リベルモントの首都・ペレニスで毎年行われる皇太子オーレリアンの生誕祭。時期になれば観光客たちもやってきて大賑わいになるという。ローズはそんな催しを耳にした事があったが、訪れたりはせず目にするのは今回が初めてだった。
(……なるほどな。エメラとかいう女が神経質になっていたのはこれか。人手が少しでも欲しいときに邪魔をするなと言いたかったわけだ)
宮殿中が忙しいからといって、ひとりのメイドがいなくなって、どれほどの影響が出るのか。ローズはそんな事など私の知った話ではないと鼻で笑った。
「おや、これはレディ・ローズ。町は楽しんでおられますか」
呼ばれて足を止める。部下をふたり連れたボリスが、ニコニコする。
「忙しそうだと思ったら巡回か? 何も起きなさそうに見えるが」
リベルモントはあらゆる国の中でトップクラスの治安の良さを誇っている。国民の満足度も高い。生誕祭のようなムードの中で近衛隊が巡回をしなければならないほど何かが起きる気配もない。
だが、彼は「どこの国でも何かしら起きるものです」と苦笑いをする。
「治安自体はもちろん他の国と比べても良い方だと思っていますが、こんなときだからこそ窃盗なんかも起きやすいんですよ。……と、もう少し話したいところですが、巡回の途中ですので失礼します。ではお祭りを楽しんでください!」
彼らが立ち去ったあとシャルルが「何も言わなかったね」と耳打ちをすると、ローズは彼女の頬をむぎゅっとつねって「当たり前だろ」と小声で返す。
「黙っていなくちゃならん事もある。お前、ただ遊びに誘うために私がベアトリスに声を掛けたと思って……おい、ベアトリスはどこに行った?」
「えっ。あ、本当だ。今さっきまで隣にいたんだけど」
通り過ぎる人の波に呑まれたのだろうかと考えたが、ベアトリスは目立って背が高いし仕事着のままだ。遠く離れてなければ気付けるくらいの人混み具合に周囲を見渡し、シャルルが広場を向いて「あれじゃない?」と指差した。
どうやらボリスに呼び止められたとき、彼女は騒がしさでよそを向いていたのか気付かずに歩いて行ってしまったようだ。はぐれなくて良かったと安堵して広場できょろきょろしているベアトリスの名を呼んだ。
「ひとりでどこに行ったのかと思ったぞ、気を付けてくれ」
「す、すみません……つい嬉しくなっちゃって。あ、ところで魔女様」
彼女の横には楽器を持った何人かの集まりがある。
「彼らが少し困っているらしくて……助けてあげられませんか」
どうやら今日の夜に宮殿で演奏を披露する事になっていたが、ソロでヴァイオリンを弾く予定だった男性が急に体調を崩してしまったため、他に弾ける者もいない。その男性の演奏を皇太子が楽しみにしていたのもあって頭を抱えていた。
だが話を聞いてローズは眉間にしわを寄せて難色を示す。
「楽器の切れた弦を戻してくれという程度なら構わないが……すまない。いくら魔女とは言っても、さすがに演奏を代わってくれというのは無理がある」
別の町から来ているため体調を崩した男性も町にはおらず、今から戻って迎えても間に合わないだろう。風邪を治すのもローズには不可能だ。
「うう、困っちまったなあ……。魔女様、他に良い方法を考えてくださるだけでもいいんです。その知恵をお貸しください、なにか御座いませんか」
「そうは言われてもな。代役を探してやれれば良かったんだが」
ローズは長年生きてきて趣味で音楽をする者はいても演奏家の知り合いはとんと心当たりがない。腕を組んでいっしょになって悩んでいると、シャルルがにんまりとして言った。
「ねえ、そういう話ならボクに名案があるよ」




