第2話「ボリスの依頼」
ああ、またか。そう思わざるを得ない。魔女とて依頼を受けたくないときもある。できれば聞き流して去っていきたいところだが、悪気のなさそうなボリスの表情に「話だけ聞いてやってもいい」とため息をもらす。
「本当ですか! ありがとうございます、レディ・ローズ」
「礼はいいからさっさと話してくれ」
嬉しそうなボリスとは真逆に彼女はやはり不機嫌そうだ。
「ではさっそく本題なのですが、身辺調査を頼みたい方がいるのです」
「身辺調査……。誰か知り合いでも結婚でもするのか?」
「いいえ、そうではないんですが……、まあ、少し複雑でして」
困ったように彼は頭を掻き、廊下を忙しなく歩くメイドたちをちらっと見る。
「実は最近、宮殿の備品が無くなる事が最近頻繁に起きていて……私たちでも聞き込みや調査を実施しましたが決定的な証拠も見つからず難航している状態なんです。メイドのなかに一人だけ身元の分からない娘がいるのですが、他のメイドたちはきっとその娘だと言い張っていまして」
ボリスとしては真相を暴きたいらしく、しかし他の仕事も多いために割ける時間が限られており悩んでいたところへ魔女がやってきた。これはきっと神が遣わせてくれたに違いないと信じて声を掛けたのだった。
「で、お前はそのメイドの娘とやらを疑っているのか?」
「いえ。どちらかといえば逆、私は無実を信じていますよ」
誰もが口を揃えるからといって証拠もなしに相手を疑ったりはせず、無実のために調査する信念を持っていた。ローズは隣に立っていたシャルルに黙って手招きして、彼女が「どうしたの?」と近寄ってくると「どう思う?」と耳打ちをする。
「え……っと、ボクはどっちでもいいけど」
「そうか。ではどうしてやろう」
シャルルはてっきりローズが「それくらい自分で調べろ」とでも言いだして断るのかと思っていたが、彼女は真剣に考えているようだった。それから腕を組んでじっくり思考を積み重ねて、困ったように笑みを浮かべているボリスに向けて。
「いいだろう、今回は受けよう。シャルルも構わないか?」
「え、うん。もちろんだよ、いくらでも手伝うけど」
返ってきた答えにボリスの表情はぱあっと明るくなった。
「本当ですか! ありがとうございます、レディ・ローズ!」
「堅苦しい。ローズと呼び捨てで構わない」
「いえ。申し訳ありませんが、それは立場的に厳しいですね」
「……チッ。融通の利かんヤツだな」
若干不服ではあったが悪意がないのは分かっている。ローズはそれ以上に要求をしたりはせず、報酬も後払い──自分が納得のいく形で支払ってもらう事が前提──で構わないと伝えた。ボリスは懐から折りたたんだ紙を差し出す。
「ありがとうございます、こちらが調査依頼を任せたい方の似顔絵と名前です。メイドのなかでも目立つ容姿の方なので、他のメイドに尋ねればどこを担当しているかはすぐ分かるはずです。ではよろしくお願いいたします、レディ・ローズ」
近くにいた近衛兵に「急いでください」と呼ばれて、紙を渡すなりボリスは「また会いましょう」と胸に手を当てて小さくお辞儀をしてから足早に立ち去った。
「珍しいね、ローズがすんなり引き受けるなんて」
「機嫌が悪かろうと気が向くときもあるさ」
渡された紙を広げてみる。彼の言った通り、誰が描いたものかの名はないが丁寧に描かれた女性の姿は美しく、その傍に小さく名前があった。
「えー、どれどれ。このメイドの名前は……おっと?」
ふたり顔を見合わせて意外そうな顏をしてから、にやっとする。
「なるほど、これは都合が良い。ツイてるな」
「うん。ちょうど探しに行こうとしてたところだったしね」
描かれたひとりの女性。傍には『ベアトリス・モンステラ』と書かれていた。




