第1話「不機嫌な日」
「……リベルモントの首都は街並みが綺麗だねえ」
大きな部屋の窓辺で質素だが高級感のあるテーブルに頬杖をついて、シャルルは広がる庭の向こうに見えるリベルモントの首都・ペレニスの景色を眺めた。
「ああ。ここが宮殿の一室でなければなおさら良かったが」
対面に座るローズが紅茶を飲みながら、機嫌が良くなさそうにしている。
と、いうのもだ。どこから話が出たのか彼女たちがリベルモントを訪れるのを知っていたリベルモントのルドベキア大公が近衛隊を迎えに寄越したのだ。ヴェルディブルグのときと同様、あまり大げさな事をされるのが嫌いなローズは周囲の視線もあって、招かれたのなら仕方ないと宮殿でひと晩を過ごしたのだった。
「まったく困ったものだ。町で良い宿を探すつもりだったのに」
「あはは、見つかったら仕方ないよ。彼らは引き下がってくれないから」
魔女を無視するなど基本的にはどの国でもあり得ない話だ。来ると分かれば迎えるのが当然。それが礼儀であり、魔女が嫌悪を示そうが一度は城なり宮殿なりに足を運んでもらわなくては体裁的に困る。国民に魔女との関係が良好であるよう示さなくては不信感を与えるかもしれない、と。
「しかもさっそく『枯れてしまった貴重な花を咲かせてほしい』などと下らん仕事を頼まれてうんざりだ。あいつら、まさか私を便利屋か何かと勘違いしてるんじゃないだろうな」
紅茶のカップが強めに置かれて、高い音を響かせた。
「まあまあ。別に観光はできるんだから気楽に行こう?」
「……そうだな。お前の友人に会うのに都合が良かったと考えるか」
リベルモントを訪れたのは、観光の他にシャルルの文通相手に会う事も理由のひとつだ。程々に首都ペレニスの散策を楽しんでから宮殿へ向かおうとしていたので、その順序が逆になっただけと諦めた。
ただ、やはり迎えがあったのは納得できなかったが。
「そのまま観光ついでに素知らぬ顔で出て行ってやろう」
「悪いこと考えるね……。でも、本当にそれがいいかも」
彼らのことだ、贅沢な迎えを寄越したのなら見送りのときも盛大に決まっている。ローズが不愉快になるのは間違いなく、シャルルもそう考えると黙っていたほうが互いのためだろうとしきりに頷く。
「とにかく会いに行ってみるとするか。その……なんて名前だったか」
「ベアトリスだよ。ベアトリス・モンステラ」
「それだ。適当に誰かに聞けばすぐに会えるだろう」
シャルルが首を傾げた。
「あれ、いつもみたいに魔法は使わないの?」
人探しは得意中の得意だ。これまでもウェイリッジでの人さらい騒動から始まり、ヴィンヤードでも発揮され、今回も使うものだとばかり思っていたらしく、ローズは苦笑いをして「注目を浴びたくない」と断った。
すべての者が彼女の魔法を見たことがあるわけではない。ただ貴族たちや、それを目の当たりにした者たちが敬うので漠然と信じているだけだ。それは宮殿で働くメイドたちでも同じ。誰にとっても魔女とは気軽に声を掛けられる存在ではなく、魔法とは自分たちにはほとんど縁のない奇跡そのものだ。
「じゃあ、普通に声を掛けて居場所を聞いてみよっか」
「ああ。そうしてもらえると助かるよ。では行こう」
宮殿の中を自由に歩き回る機会もそうそうない。ローズ自身、一人のときは興味もなかったが、シャルルと二人なら彩りに満ちた宮殿を歩くのも悪くないと思った。
────その矢先、部屋を出てすぐに呼び止められてしまい、また不機嫌に逆戻りだ。
「ご挨拶申し上げます、レディ・ローズ。お出かけになられるのですか?」
声を掛けてきたのは周囲からひときわ目立つ容姿端麗な男、ボリス。リベルモント大公国が誇る近衛隊の隊長を務め、その手腕から周囲の信頼も厚い。そして彼自身もまた名のある貴族、ラナンキュラス家の当主である。
「散策ついでに人探しをな。お前は何か用でもあるのか」
地位のある人間が声を掛けてくるときは、おおよそロクな話ではない。彼らが用もないのに近寄ってくるはずがないのだから。
そしてローズがあからさまに嫌気の差した顏を向けて拒絶を示しても、ボリスは笑顔を崩さないまま言った。
「ええ、実は魔女様にお力を貸していただけないかと」




