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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズと小さな故郷
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エピローグ③『青年は旅をする②』

 フランシスたちに連れられて宿へ行ってみれば、目を見張るほどの大盛況だ。そのわりには労働者の数はなく店主の男がウェイターもして、右へ左へ大忙しだった。そんな状況にもお構いなしにフランシスは「こっち。部屋空いてるから」と案内を続ける。 


「いいんですか、手伝わなくて……?」


 ハヴェルが心配そうにしても、フランシスは無表情に。


「平気、いつもだから。あなたも客なんだから案内するのは普通でしょ? 気にしなくていいわよ、デニスさんも無理はしないようにしてるし」


 壁に掛かっていた鍵を取って二階へ上がり、部屋の前でハヴェルに渡す。


「うちの宿泊費は一泊で銅貨五枚、食事は別料金。昔はもっと安かったけど」


 銅貨五枚もあれば多少の贅沢を許しても三日は生活できる額で、高いと言えば高い。だが〝鍋の底〟はウェイリッジでもこぢんまりとしながらも人気がある──とくに地元の人間からは酒場として──ので、客足が途絶えることはない見合った価値を持っている。


 地道に貯めたハヴェルの大事な硬貨の詰まった袋もいくらか軽くなった。


「あとは好きなように過ごしてくれていいから。それじゃ、何かあったら言って。ミリアムさん、アタシは料理を運ぶから厨房のほう手伝ってあげてくれる?」


「うんうん、いいともさ。あ、お兄さん……じゃなかった。えっと、ハヴェルって名前だったっけ。お姉さんにも頼ってくれていいから! じゃあまたね!」


 ふたりとも一階へ引き返し喧騒の中へ帰っていく。ハヴェルはひとまず借りた部屋に荷物を置き、ベッドに横たわって少しだけ休む。ぼんやりとローズの姿を思い浮かべて、彼女の顔の広さを知った気がした。


(……すごいなあ。そういえば列車の中でも魔女に助けてもらったっていう親子がいたっけ。すごく良い笑顔だった。俺もローズみたいになれるかな?)


 ぐうう、と腹が鳴って苦笑いがこぼれる。


「はは、これじゃ当分先の話だな。……なにか食べよう」


 一階の酒場は盛況だ。あちこちで昼間から酒を飲む客たちを相手にミリアムもフランシスも愛想を振りまくので忙しそうにしている。ハヴェルは眺めながら、空いているカウンター席に座った。


「いらっしゃい。注文は?」


 体格のいい優しい顔つきの男が彼の前に立つ。メニュー表をさっそく開き「鴨のハムとポテトサラダをお願いします」。男はにっこりと「任せな!」と厨房へ伝えた。


「聞いたぜ、お客さん。あんたヴィンヤードから来たんだって?」

「ああ、はい。村から出ていろんなものを見ようと」

「へえ、そりゃあいいな。ウェイリッジにはどれくらい?」

「実は決まってないんです。旅をするにもお金があまりなくて」


 貯金をしてきたとはいえ、ほとんどを村で過ごしてきたハヴェルの想像していたよりもお金が掛かってしまい、できれば旅先で働いてお金を稼ぎつつ各地を転々としたいと考えていることを話すと、男は「ならうちで働いてみるか?」と喜々とした様子だ。


「いいんですか、俺、会ったばかりなのに」

「ヴィンヤードってなあ、魔女の住んでた場所だろ。ならいいさ」


 絶対に悪さをするはずがないと男は確信を持ってそう言った。


「いいか、坊主。生きるうえで贅沢は言っちゃだめだが、ちょっとの図々しさは持っておいたほうがいいぜ、空いた席に座りたきゃあな。働きたいヤツってのはごまんといるんだから。……ってのはまあ、ローズ嬢の受け売りなんだけどな!」


 喧騒にも負けない大声でガハハと笑い、男はハヴェルに手を差し出す。


「俺はこの宿と酒場を経営してるデニスってもんだ。よろしくな坊主!」

「俺はハヴェルです。よろしくお願いします、デニスさん」


 青年のなかで何かがひとつ進んだ気がした。緊張と不安と期待。複雑な感情の入り混じる中で、彼はたしかに自分の新たな未来を感じて、デニスから差し出された手を握り返す。これが良い方向にあると信じて。


 いつかはウェイリッジも出て旅を続け、多くの人々と触れ合い様々な価値観を知っていく。そして、尊敬する二人(・・・・・・)のように立派な人間になろう、と彼は力強く優しさのある笑みを浮かべてみせた。

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