第45話「ローズの決断」
集会所ではマクシムとカミラがのんびりとコーヒーを飲みながら、ブレイクタイムを楽しんでいる。キッチンには釣った魚を数えるハヴェルもいた。
やってきた二人に気付いてマクシムはカップを置き、扉を開けて出迎える。
「気付くのが遅れたよ、おはよう。どうしたんだねローズ?」
「おはよう、マクシム。今日はカミラに用があってな」
クッキーをかじりながらカミラが振り返る。
「あら、私に用事なんて珍しいわね。聞くわよ?」
「それほど大したことじゃないんだがね」
ミランドラで暮らすソフィアにカミラのケーキを焼いてもらって届ける約束があることを話すと、彼女は顔を明るくして喜んだ。貴族と結婚してからというもの、忙しくて帰省はもちろん手紙すら送られてくる回数がずいぶん減っていたからだ。
「へえ、あの子が! なら腕によりをかけてやんないとね!」
「頼むよ。そろそろ村を出ようと思っていて、明日の朝を計画しているんだ」
予定よりも短めの滞在になったが主な目的はシャルルの紹介だ。マクシムは「もっといれば良かったのに」と残念がった。彼女はやんわりと断って、シャルルと話し合って次の目的地にリベルモントを選んだ事を話す。
「リベルモントにかね。昔を思い出すよ、妻とは何度も通ったものだ。あそこは良い国だよ、みんな親切だし、どこにいっても目の保養になる」
花の国というだけあって彩り豊かな町の風景は心を穏やかにしてくれる。マクシムも何年に一度かは訪れるほど気に入っているらしく、話が長くなりそうだと直感したローズはすぐに本題をカミラへ投げた。
「カミラ、それでさっそく頼まれてくれるか?」
「ええ、いいわよ。……ハヴェル、ちょっと来て!」
キッチンにいたハヴェルがエプロンを外して「なに、どうしたの?」とやってくる。カミラは寄ってきた彼の腕を引っ張って「私は用事が出来たから、料理はよろしくね。せっかくだから二人にも手伝ってもらいなさい」とニヤつく。
「そうなの?……えっと、じゃあ手伝ってもらえる、かな?」
昼食の準備をカミラと二人でするはずだったのでローズたちに手伝ってもらうのを申し訳なさそうにするハヴェルに、ローズは「もちろん、それくらい手伝うとも。……シャルルが」そう言って自分には手伝う気がない──実際は何も手伝えないのが正しい──と断った。
「それじゃ、あとは頼むわね。ハヴェル、女の子には優しくしてあげるのよ。家庭的なところを見せたら、惚れられちゃうかもしれないわよ!」
カミラの余計なひと言に彼はムッとして「そんなのどうでもいいだろ」と返したが笑われるだけで、出て行ったあとはローズたちに申し訳なさげに目を向ける。
「ごめん、ローズ。それにシャルロットさん。カミラおばさんってば……」
「悪いのはアイツだろ、謝らなくていい。あ、それからマクシム、少し話が」
シャルルに目配せし、ハヴェルをキッチンに連れて行ってもらってから椅子に腰かけて、「なにかあったのかね」と気掛かりそうにするマクシムに言った。
「実はまだシャルルにも話していないんだが、頼みがある」
「……もう村には帰ってこないつもりかい?」
ローズは少し意外そうに目を丸くしたが、ほどなく冷静に「そのつもりだ」と返事をした。彼女の決断にマクシムは短く「そうか」と答えるだけだ。
「色々と考えることがあってね。スフェーンの首飾りをアイツにやった」
「……! 覚えてるぞ、母親の形見だろう?」
マクシムも、とても小さいときにローズから見せてもらったことがある大切な形見の首飾り。彼女がいつも寂しそうに墓参りをするときと同じ目をして見つめていたのを思い出して、まさかそれを他人に渡すとはと心底驚いた様子だった。だがコーヒーをひとくち飲んで落ち着き「もう縛られる理由はなくなったんだな」と納得する。
「ああ。両親の影を掴みたがって帰るのはやめる事にした。それにクレールでは受け入れてもらえたが、オーカーの連中はシャルルを良く思わないだろうしな」
ハヴェルには理由があったし、なにより事情を知っているローズはそれを大きな問題と思っていない。しかしオーカーに暮らす人々は内向的な者が多く、いくら魔女が連れて来たからと言って良い顔はしない。心無いひと言を平気で言う者さえいる。あるいはそのつもりがなくとも無自覚に。
ヴィンヤードに訪れているうち、いつかは顔を合わせることだってあるかもしれない。心に傷を負ってしまったら、それは二度と元には戻らないからとローズはシャルルにそんな経験を積ませたくない想いがあった。
「ふうむ、なるほど。ではこれからはシャルロットちゃんと新しい思い出を作っていくわけだ。なら、あの家はどうするのかね? 墓は我々で手入れもするが」
「話の本題は、その私の家についてなんだが」
ローズは腕を組み、椅子の背もたれに体を預けて。
「────火を放ってくれ。何もかも燃やしてほしい」




