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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズと小さな故郷

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第41話「他の誰でもない」

 良き理解者。その存在は大きい。幾度となく出会いと別れを繰り返し、やがて彼女を本当に知っている者はいなくなった。ヴィンヤードの人々も血筋的には縁があるが、今では外から来た者も暮らしている。


 だから誰もが何かあるたびに彼女をこう呼んだ。──魔女様、と。


「みんな、私を〝ローズ・フロールマンという人間〟ではなく〝世界にただひとりの魔女〟として見ている。本当の私を知ろうとしてくれるのは誰もいなかった。だが……」


 すべての始まりはヴェルディブルグの女王、マリアンヌに呼び出されたこと。それまでは乗り気ではなかった。だがシャルルを連れまわすうちに、彼女の純粋さに惹かれた。最初こそ魔女様とよそよそしかったが、緊張が解れた頃にはすっかり友人のようで。


「お前はいつも魔女としての私ではなく、ローズとしての私を見てくれる。他の誰もがしなかった事を初めてやったんだよ。ただ純粋に、やってみせたんだ」


 それがシャルルを愛しく思う理由。彼女だけが特別になった理由。


「もしボク以外が最初だったら、やっぱりその人を愛した?」

「まさか。お前以外の最初がいたらなんてありえない話さ」


 テーブルに転がるりんごを手に取ってシャルルに投げ渡す。


お前だから(・・・・・)最初になったんだ。他の誰でもない、お前だから」


 りんごはシャルルの手のうえで突然、ふわっと漂った紫煙に包まれて隠れた。そして彼女の手の中には一枚の銀貨だけが残って、りんごはどこかに消えている。


「世界は広い。だが人生は短く人間の出会いはいちどきりだ。百年以上も生きていれば何百人、何千人と関わりもする。その中で私は、お前を指差した。その先に誰がいても関係ない。隣に誰かが並んでいたとしても私はお前を選んだ。それでは駄目か?」


 手にあった銀貨を紫煙が再び包む。今度は手のひらに何も持っていないが、左手の薬指にぴったり抱き着く指輪があった。


「ボクも同じだよ。こんな質問をしておいて、ずるいと思うけど」


 指輪に触れて穏やかに小さく笑みをこぼす。


「ローズみたいに優しい人は初めてだった。ちょっぴり意地悪なときもあったけど、いつだって思いやりに溢れてた。上辺じゃなくて本当にボクを見てくれた。ふふっ、お互い様だね?……ボクもローズだから今もいっしょにいるんだ」


 たとえ記憶を失くしても誰の言葉に靡いたりせず空虚な八年を彷徨い、いつまでもずっと追い続けてきた影。他の何にも代えがたい出会い。その相手がローズだったからこそ、シャルルはどこまでもか弱いだけだった自分と別れる事ができた。後にも先にもない、その瞬間にしかない出会いは他の誰にも務まらない。


「ね、ローズ。これってさ、つまりあれだよね。──永遠を誓う、的な」

「そのつもり以外で渡すものだと思うか?」


 今にも飛び跳ねたい気持ちを抑えて深呼吸をする。シャルルは嬉しそうに首を横に振って「ううん、そのつもりで渡すものだよ」と返した。


「なら良かった。それで、私の気持ちに対する返事はどっちかな」

「もちろん喜んで。これからもよろしく、ローズ」


 それ以外の返事はないとばかりにハッキリとした優しい声色で答える。


「こちらこそ。……フフ、改めてというのも照れくさいものだな」

「だねえ~! なんだか熱くなってきたかも!」

「では冷たい水でも飲んで落ち着くといい。私も少し喉が渇いた」

「そ、そうだね……! へへっ、そっかそっか……」


 手をひらいて、まっすぐ腕を伸ばす。きらりと指輪が輝く。


「ありがとう、絶対に大事にする。これからずっと!」


 へへっ、と思わず声が出るほど喜んで、にんまりと頬を緩めた。

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