第40話「幸せのかたち」
森の外で待たせていた馬の手綱を引いてのんびりと歩きながら魚を持って帰る道中で、二人は何度も村人たちに呼び止められては野菜や果物を渡されて、家に戻る頃には手荷物いっぱいだ。二頭連れで荷台を引かせておけば良かったと後悔する。
「こんなに持たされてもな……。そろそろ村を出ようと思っていたんだが」
「滞在日数、延長しちゃう? ボクはどっちでもいいけど」
「いや、予定通りにしたい。そろそろ列車の長旅も恋しくなってきたんでね」
馬車に揺られるのも、のんびりと歩くのも嫌いではない。ただ、一人のときは列車に揺られている時間が特に長く、最も寛げた。今はシャルルと並んで座り、いっしょに本を読む時間こそが彼女の楽しみであり、至福のときでもあった。
「でも結構な量だよ。腐ったりしちゃうんじゃない?」
持ち出すにしては多く普通であれば困るところだったが、ローズは首を横に振って「大丈夫、何も問題なんかないさ」そう答える。
「忙しすぎて忘れたかな。この家に来たときのことを思い出してみろ」
「……えーっと、ああ、そっか! 時間がとまってた!」
彼女が石碑に刻んだ呪文によって、ぐるりと囲んだ敷地の中は自由に時間を止められる。何も変わらず最後に訪れたときのままに。
「そうだろう? そうすれば腐ることもない。いつでも取りに戻れる」
「へへ、たしかに。失念してたよ、その手があったんだね」
荷物を中に運び、テーブルの上に乱雑に置いていく。
「私ひとりになってからはずっとそうやってきた。他の魔女がそうしてきたように定住して子育てをする事もないし、この手を使うのがいちばんだ」
「……そっか、子育てかぁ。ローズもここで育ったんだよね」
「ああ。良い両親だったよ。特別仲が良いわけでもなかったと思うが」
どこにでもある、いわゆる普通の家庭だ。ほどほどの愛情に、ほどほどの知恵を授けてくれた。幾度とない助言や経験も積み重ねる事が出来て、とにかく何をするにも機会には恵まれていた自覚はあった。
興味を示せば与えてくれて、好きになっても嫌いになっても何かに触れてみるのを『とても大切な事』だと彼女に教えてきた。
だから両親を嫌いだと思った事は一度もなかったし、魔女を継ぐそのときまでは、いつまでも二人を頼って多くの知識を得たものだと彼女は懐かしむ。
「今でも尊敬はしている。特に父は寡黙だったが、よく私を気遣ってくれた」
「へえ~。……ね、ローズは子供欲しいなって思ったりはしなかったの?」
「子育てなんて柄じゃない。今はただ魔女として生きるのが楽しくてね」
今までの魔女たちが恋をして、誰かを心から愛し、子を産んで。そんなどこにでもあるものにローズは興味を示さない。魔女としての〝永遠〟は、それこそ最初は不安もあったが慣れてしまえば困ったりもしない。
誰の邪魔も入らず、ゆっくりと様々な経験をして必要最低限の関わりさえあれば金を稼ぐのも楽だ。
「最初に顔を覚えてもらうのが大変だったが、その後は適当に生きながら魔法を学び、研究もして、まあ悪くない生活だったよ。お前が来てからは色々と変わったが……今でも子供が欲しいとは思わないし、この永遠を捨てたくもない」
荷物を運び終え、疲れて椅子に腰かける。ローズは窓の外を眺めた。
「小さい頃、こんな時間がずっと続けばいいのにと願ったことがある。両親がいて、私がいて……それは結局叶わなかったが、今はそれ以上の生活を手に入れた。子供なんて要らないさ、傍にお前がいてくれれば。それが私の幸せの形だ」




