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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズと小さな故郷

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第39話「きっと大丈夫」

 ローズは返事をしない。黙って釣り竿を引き上げ、餌だけが取られている事にしかめっ面をしてハヴェルが持ってきたミミズをつまんで針に刺す。彼は話を続けた。


「シャルロットさんにもちゃんと謝る。許されるとは思ってないけど」

「何も言わないよりはマシかもな。……また餌だけ取られた」


 いい加減に飽きてしまったのか、釣り竿を置いて退屈そうに頬杖を立てる。


「それで? 村を出てから何をするかは決まってるのか?」

「あ、いや、うん。まだ全然。でも金はあるんだ。ずっと貯金しててさ」


 元々、いつかは村から出るつもりだったハヴェルはこれまで少しずつミランダからもらった小遣いを貯めてある。ただ決心が一度もできないまま、ずるずると今を引きずっていた。


 今回ようやくできるに至ったのはローズたちの存在が大きい。


「自分を見つめ直す良い機会かなって。……もしかしたらすぐ帰る事になるかもしれないけどさ。どこかで働けたら、しばらくはそこにいたい。いてみたい」


「いいんじゃないか、別に。誰も止めやしないさ」


 小魚一匹が入った自分のかごを持ってローズは立ち上がる。


「お前がいなくてもみんな生きていけるし、生きている。私やシャルルのように永遠を生きられないのなら時間は有意義に使うべきだ。お前の人生なんだから」


「……うん。あっ、もう帰るの? シャルロットさんに魚釣るんじゃ?」


 ローズは彼のかごをちらっと見て指を差す。


「お前のかごに入ってるのを持って帰ればいい。だろ、シャルル」


 覗いているのがばれていたと分かり、シャルルは照れながら木陰から出た。


「なんでわかったの? 魔法も使ってないのに」

「足下、枯草を踏んできただろう。それくらい聞こえてる」


 自分のかごをシャルルに預けて歩いていき、首を傾けてぽきりと鳴らす。


「やれやれ、私にまともな釣りは向いてないらしい。帰るぞ、シャルル」

「ええっ? うん、いいけど……あっ、ハヴェルは?」

「俺はもう少し釣っていくよ、集会所に持ってくから」


 かごを持たされたシャルルに何匹か魚を譲る。「話、聞いてた?」と尋ねると、シャルルは少し申し訳なさそうに俯いて上目遣いに頷く。


「ごめん、俺、馬鹿なやつでさ。絶対に許されないって分かってるけど、殴っちゃったこと……きちんと謝っておかなきゃって。本当にごめん……」


 普通の人間であれば致命傷だし、シャルルはもちろん彼に対して「ううん、許さないよ」と答えた。当然だ、と彼は委縮する。


「ボクはね、絶対に許さない。……だから二度とあんなことしちゃだめだ。優しい人になって、ハヴェル。それが君がすべき償いで、君がなるべき理想だ。君のたった一度きりの人生を、君自身が台無しにしてはだめだよ」


 優しく肩に手を触れてシャルルは微笑みかける。


「誰も傷つけないなんてボクでも無理だけど、君が心からの優しさを持って誰かを愛せば、誰かもきっと君を愛してくれるから。……ね?」


 かごを抱え直し、シャルルは彼に背を向けて歩き出す。ぱっと手を振って彼に向き直る事もなく「じゃあ、またね」と別れた。


 先を歩くローズにゆるい駆け足で追いついて並んで歩く。


「なんだ、随分と早かったな。もう話は済んだのか?」

「もちろん。ローズみたいに上手く諭せたかは分からないけどね」

「大丈夫だ、心配ないさ。お前は私よりずっと優しい言葉を掛けられる」


 ぽっ、と顔を紅くして「そんなことないよ」とシャルルは否定する。そんな彼女の頭にぽんと手を置いて、優しくゆっくりと一度だけ撫でてから────。


「私の誇りなんだ、胸を張ってくれよ」


 すっかり良い朝だ。霧ひとつない森を抜けて村へ戻る道に出て二人は空を見上げる。昨日までの不安定さなど、そこには微塵もない。


「アイツも少しは前に進めるといいんだが」

「ハハ、そうだね。彼、根は真面目だもん。きっと大丈夫だよ」

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