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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズと小さな故郷
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第35話「無理をしないで」

 中へ戻ろうとして扉を開けたとき、特大の泣き声が彼女にぶつかって耳を塞ぐ。何人か来ていた子供たちが喧嘩をしてしまい、騒ぎになっていた。


「騒がしいな。いったいなにがあったんだ?」


 子供たちを宥めながらシャルルがローズに苦笑いを向ける。


「あ、おかえり。どうもお菓子の取り合いになったみたいでね」


 テーブルにあったマフィンの最後のひとつが誰のものかと決めかねていると、誰が多く食べた、食べてないで言い争いが始まってしまったのだと言う。


「じゃんけんで決めたらって言ったんだけど、意地になっちゃってさ」

「……なるほどな。どれ、その残ったマフィンは?」

「テーブルにまだあるよ。喧嘩してそれどころじゃ……あ、もしかして」


 シャルルが何かを思い出し、ローズはうなずく。


「お前も気付いたか。せっかくだ、布か何かあるか?」


 彼女が布を探すとマクシムがキッチンからタオルを持ってくる。


「こんなものでも構わないかな?」

「問題ない。マフィンが隠せるならそれでいい」


 彼女は騒いでいた子供たちを呼び、タオルを広げて目の前にあるマフィンに被せる。シャルルはなぜか不安そうな様子で子供たちと一緒に眺めていた。


「いいか、お前たち。ここにあるマフィンはひとつしかないが────」


 タオルの中に手を突っ込んでぱちんと指を鳴らす。ふわっとタオルが持ち上がり、隙間から紫煙が顔を出して消える。そしてタオルを取り払うと、そこにあったマフィンはひとつからよっつに増えていた。ちょうど子供たちの人数分だ。


「ほら増えた。全員ひとつずつあれば喧嘩しなくていいだろう? さ、食べ過ぎてはいけないから今日はこれで我慢するように。帰ったら歯磨きを忘れずにな」


 子供たちから不機嫌はなくなり、すっかり笑顔に満ちて「はーい!」と元気よく返事をしてマフィンに手を付けた。これでひと安心。子供たちの親もローズに感謝するばかりだ。「本当に頼りになるわ」「ありがとう、おかげで助かったわ!」「さすが魔女だ!」と口々に彼女を讃える中、シャルルが割って入り彼女の手を握る。


「ローズ、用事があったのを忘れてたんだ。そろそろ帰らない?」

「え。ああ……そうだな。たしかにもう良い時間かな」


 時計の針はすっかり夜遅くを指している。さきほどとは違う雰囲気のシャルルを見て、カミラがぱんぱんっと大きく手を叩いて鳴らす。


「はいはい、みんな。シャルロットちゃんの言う通りよ、お開きにしましょ! マクシム、それからハインツとハヴェル。あなたたちは片づけを手伝ってちょうだい」


 今日の主賓であるローズとシャルルを早々に帰路へ着かせ、歓迎会は終わりを迎える。それなりに楽しめるものだったと二人は礼を言って集会所を後にした。


 シャルルはすこし歩くのが早く、ローズの手を引いて急がせた。


「おい、どうしたんだ。なにか悪いことをしたか?」

「顔が青いよ。まだ体調が良くなりきらないうちに魔法を使ったから」


 普段通りに振舞って平気そうな様子を見せた事で他の誰もが気付かなかったが、シャルルは彼女の顔色が悪くなったのを即座に察した。ぴたりと足を止めて彼女に振り返り、とても悲しそうに「無理ばかりしないで」と震えた声をする。


「あれがいちばん手っ取り早く済むと思ったんだ。他の方法も探せばいくらでも見つかったのは認めるよ。……悪かった、たしかに無理をしすぎたな」


 子供のわがままに振り回されてみんなが頭を抱えるくらいなら自分ひとりくらいが多少の疲労を背負うだけで済むほうがマシだと思ったが、実際にやってみると全身の気怠さに襲われ、寒気とわずかな震え、それから熱っぽさが出て来てしまった。


 なんとかうまく隠したつもりだったが、シャルルにはとても隠しきれなかった。反省して、めずらしくがっくりとローズは肩を落とす。


「……ごめん。ボクだってローズに心配かけてるのに」

「お互い様だ。偉そうなことを言って私も自分の事は隠したがった」


 それよりも、と彼女はシャルルに寄りかかる。少し呼吸が荒かった。


「肩を貸してくれ。今日はとても疲れてしまってな」

「うん。……そうだね、ゆっくり帰ろっか」

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