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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズと小さな故郷

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第28話「魔女の宝石」

 悪魔として生きるシトリンには甘やかした考え方がうまく処理できなかった。


 悪しきは裁かれるべきもので見逃すなどあり得ないものとして、シャルルの行いを理解するにはあまり遠すぎた。他の誰かのために傷ついても構わない彼女の精神に素直に頷けない。「そういうものなんですか?」と尋ね返すくらいだ。


「ボクはいいんだよ。ハヴェルくんだって考えが変わるかもしれないし」

「二度起きれば、三度目もあるかもしれませんよ」

「別にいいんじゃないかな。そのときの事は、そのときに任せれば」


 本を開いてみる。シャルルには封が解けるらしく、(ページ)をめくる。いちばん最初の魔女が書いた本には、たくさんの魔女たちが──ローズも含めて──様々な書き足しを行っている。ただ知識として持つだけではなく、今もまだ学び続けていた。


「今回はボクのあらぬ自信ひとつでこんなことになってしまったけど、次はきっとローズもいっしょだから。これが無事で良かった、今はそれ以上に必要ないかな」


 雨は止み、ぬかるんだ水たまりを踏まないように歩いて、気付けばローズの家まで帰ってきた。シトリンは彼女がどう話すつもりなのか静観する事にして「では、もう邪魔も入らないようですので」と敷地の前で足を止める。


「送ってくれてありがとう、シトリン。また話そう!」

「ええ。……あなたにも興味が湧きましたから」


 ふわっと煙のように彼女の姿は消え、気配もなくなった。ふうっと息を吐いて肩に乗った疲れを背負いながらも隠して家のなかに戻る。


 玄関の扉が「ぎい」と軋んだ。


「おかえりシャルル。ちょうど今、温かいミルクを入れたところだ」


 帰ってくるのが分かっていたかのように、ふたつのカップにはなみなみと注がれたミルクが湯気を立てている。すこし雨に濡れたのもあって体も冷えていたので、シャルルは本をテーブルに置いてから「わあ、ありがとう!」とにっこりだ。


「無事に本は見つかったらしいな。安心したよ、どっちかが持ち帰ってたのか?」


 ローズに尋ねられてシャルルはまず頷いてみせた。


「うん。面白そうな本だと思ってハヴェルくんが。ローズ、疲れて二階に上がったでしょ。そのときに気になって借りて行こうと思ったんだってさ」


 魔導書だとは知らずに持って帰ったみたいだとローズに話す。演技が下手だとシトリンに遠回しに言われたのを不安に思いながらだったが、彼女は納得した様子だ。


「そうか、なら注意だけで済ませてやろう。悪気はなかったようだが、それなら私ではなくともシャルルにひと声掛ければ良かったんだからな。困ったヤツだ」


「ハハ。それはそうだね。また怒られたってがっくりするだろうなあ」

「仕方ないさ。自分の行いは自分に返ってくるものだよ、自然とな」


 ローズから向けられた視線にわずかな違和感を抱いてギクリとしたが、取り繕って「そうだねえ」と微笑んでみる。もしかすると気付かれたかもしれない、と。


「ともかく本が見つかってよかった。お前にはずいぶん助けられたな」

「気にしないで。ボクもローズの役に立てて嬉しいよ」


 本を両手に取ってローズに差し出す。彼女はそれを受け取って、ぱら、とめくった。あたたかい目で本に書かれた文字をさらりと読み流しながら。


「これは多くの魔女が関わってきた知識の結晶だ。燃やされたりしていたら私はどうしていただろうな。いちから研究していたか、それともやめてしまったか。どちらにせよ、お前には頭が上がらない。なにか礼でもしたいところだが……」


 本を閉じて彼女はそうだと手を叩く。それから席を立ち、二階にあがっていく。しばらくして戻ってきた彼女の手には装飾の施された小さな箱がある。施錠されていて、指でつまむくらいの小さな鍵をいっしょに渡す。


「私の大切な品だ、開けてみてくれ」

「うん。えっと……これでいいのかな?」


 鍵を解いて箱のふたを開く。入っていたのは宝石のネックレスだ。オリーブグリーンの煌めきに、あらゆる色彩の加わった美しさは見惚れそうになる。


「スフェーンという宝石で作ったものでな。父が亡くなってしばらく経った頃、母から贈られたんだ。そのときは知らなかったんだが、あとで調べたら宝石にも言葉があるらしくてな。これは『純粋』や『永久不変』を象徴しているそうだ」


 手に取りシャルルの首にかけて棚にあった鏡に映るすがたを見つめながら。


「お前さえよければ、これをもらってはくれないか?」

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