第20話「ご褒美の約束」
村へ帰り、そのまま自宅へ帰ったあとは馬車を停めて馬を敷地内で放す。「出て行かないの?」とシャルルが驚くも、ローズは当然のように「結界があるからな」答えて寄ってきた馬の頬を優しく撫でた。
「雨が降ったら集会所にある厩舎に預けたほうが良いが、こうやって天気の良い日は自由にしてやるんだ。いつもなら遊び相手にもなってやるんだが」
昨日の今日で回復しきっていない体で動物の相手は無理だと適当に愛想を向けて、少し離れた間に家のなかに入る。疲れた様子で椅子に腰かけ、今日のしたかったことも済ませてひとつ落ち着く。
「じゃあ、ボクがコーヒーを淹れようか」
「ありがとう、助かるよ。少し甘めがいいな」
「ふふーん。オッケー、任せて!」
鼻歌を歌いながらキッチンに立つシャルルの背中を眺める。
『そうやって過保護にするのを悪いとは言いません。しかしそれを『信頼されていない』と思い込んでしまうことだってあるのです』
シトリンから言われたのを思い出して、ふむ、と両手を重ねる。
(……頼れるべきところは頼っているつもりなんだがな、これでも)
伝えようとしていたのはきっとそんなことではない。分かってはいても、その先に思考が辿り着けない。甘やかすでもなく自分なりに対等な関係を築こうと努力はしていても、どこかで彼女を手放したくないがゆえになんでも率先してしまうのは、悪い癖なのだろうと振り返った。
(魔女になる前は──いや、魔女になったあとも私はまったく分からなかった。分かっていなかった。孤独は退屈だ、なによりも。なぜ何人もが魔女を継承してきたのか……今ならわかる気がする。こんなにも想える相手がいるから)
どうすれば彼女を繋ぎとめていられるだろうか。百年も、二百年先も。変わっていく世界を見つめながら、自分たちだけは変わらず手を繋いで歩けるだろうか。不安と期待が胸でぶつかり合う。
「はい、どうぞ。……どうしたの、ぼーっとして?」
「え? ああ、いや。なんでもないよ」
コーヒーを受け取り、すぐにひとくち飲む。思った以上に甘ったるく感じたが、ローズはおくびにも出すことはなく「美味しいよ」と微笑む。
「良かった。ねえねえ、ところで聞きたいんだけど」
「うん? ああ、答えられることならなんでも」
もじもじしながら視線を逸らし、口先をわずかに尖らせて。
「……あの、ご褒美っていつ貰えるのかなって」
言われて思い出す。昨夜、疲れていたときに頭が回っていない中でそんな事を言った、と。記憶を辿るのが恥ずかしくなるような言葉を吐いて、何をかっこつけたことを言ったのか。苦し紛れにコーヒーの香りで落ち着こうとする。
(……言った、んだよな。なら、うむ。仕方ない)
覚悟を決める。赤面しないように自分らしさを見せながら、カップを置いて席を立ち、シャルルの傍によって、そっと両頬に優しく手を触れた。
柔らかく温かい。みずみずしさのある肌。いつまでも続く若さ。
(本当にこれで良かったんだろうか。私は、こんな純粋な娘に永遠の若さを与えて束縛して、本来得られるはずの幸せを奪っていたりしないだろうか)
シャルルが気恥しさに目をつむる。余計なことを考えるのはあとでいい、と彼女の額にゆっくり口づけをする。少し強めに、愛でるように。
そっと離れて、頬に触れていた手を頭にまわして撫でる。
「これで満足してもらえたかな?」
目を半開きに蕩けた表情で頬を薄紅に染めて、シャルルは「うん」と返事した。




