第19話「墓参り」
ヴィンヤード全体で管理する墓地は多くの石碑が並んでいて、すべて手入れが行き届いている。まだ供えられたばかりの花を見かけた。欠かさず誰かが清掃をしてくれるので、ローズもありがたさを感じた。
いくつもある石碑の中で少し離れた場所にぽつんとあるのが、魔女の家系であるフロールマンの墓だ。どこよりも大きく、何人もの名が刻まれている。そのうちのひとつを指差して「これが私の両親の名だ」と言った。
「カトレア・フロールマン……お母さんだね。そしてこっちが」
「レオン。私の父の名だ。優しい人で幼い頃はよく遊び相手になってくれた」
思い出を語るローズの顔は誇らしげだった。
「父は多くのことを教えてくれた。魔女として見識を広めた母よりもうんと優しく寛大で……怒れば当然恐ろしい形相をしたものだが、かならず最後には『次はうまくやりなさい』と言ってくれたから、背中を押されているようで私もすんなり受け入れたものだ」
楽しかった思い出はもう百年よりも前の話。うすぼんやりとしていて霧がかった記憶も、彼女にとっては大切にしてきたものだ。花束を抱える腕に、わずかな力が込められる。遠い遠い昔を今いちど抱きしめるように。
「悔しいことがあるとしたら、もうふたりの声を思い出せないことだ」
「声を思い出せない……そっか、ずっと昔だもんね」
「ああ。お前もいつか分かるときがくる。そのときは……すまない」
「気にしないでよ、ボクが選んだことだ」
ローズの寂しさが今すぐに理解できるものではないとしても、シャルルもいつかは経験し、きっと深い悲しみを想うことになる。そんな現実も二人なら乗り越えられる。共に寄り添い合って生きていけると彼女は信じていた。
二人で花を供え、胸に手を当てて黙祷する。
「……こうやって、また来年も来れるかな?」
「ああ。ふたりで来よう、きっと喜んでくれるさ」
墓参りを終え、のんびりと歩いて馬車へ戻る。他に行く予定の場所もなくローズはいったん帰ることにして、シャルルが荷台に乗ったのを確認してから走らせた。
「ねえ、ローズ。ヴィンヤードにはオーカーって村もあるんだよね?」
「クレールの入り口からすぐ左に道があっただろう。そこから行くんだ」
「どんな場所なの、クレールとあんまり変わらない?」
良い場所かと言われるとそうでもない。ただし悪い場所でもない。ひとつ言えることがあるとしたら、魔女は歓迎されても、よそ者はあまり歓迎されないということだ。ローズはしばらく考えて「あまり行く理由はないな」とだけ答えた。
「そっか。じゃあウルリッヒさんたちに挨拶だけ行く感じだね」
「世話になったからな。土産のひとつでも用意しとくか」
とはいっても田舎で手に入るものといえば限られている。頭をひねってみたが、とくに思いつくものがない。せいぜい簡単に手に入って野菜や果物くらいだった。
「……ないな、大したもの。魚でも釣っていくか?」
「あ、それ面白そう。ミリアムさんのことを思い出すなあ」
ローズが何気なく振舞った焼き魚の味が記憶によみがえる。シャルルの懐かしく、そして大切な味。初めての経験。おもわずよだれが出そうになるのをグッと我慢し、「道具を借りてから出かけるか」と言われてニヤニヤした。
「言っておくが昨日は天気が悪かったから、川が荒れてたら帰るぞ」
「あっ……うう~、それはどうしようもない……」
がっくり項垂れるシャルルを見てくすくす笑う。
「まだ数日はいる予定だから、その間に釣ればいいさ。今日が駄目でも明日があるんだ、急がなくたって新鮮で美味い魚が食べれるよ」
「……!! それもそうだね!! へへっ、楽しみ!」




