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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズとプリンセス
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第10話「夜空の下で」

 針を刺すような目つきのフランシス。

 シャルルの瞳にわずかな怯えが見えた。


「え、と……ボクは、あの、なんていうか……」

「はっきりしないひとね。恋人? それとも本当にただの連れ?」


 詰め寄られてシャルルがたじろぐ。なぜそんな質問が飛んでくるのかも分からなかったし、フランシスのような堂々と踏み込む気の強い女性は初めてだった。


 そこへ宿の扉を開けて外に出てきたローズが、フランシスを冷たく見る。


他人(ひと)の連れに迷惑を掛けるとは度胸が据わっているな」

「ローズ……。だってあなた、男に興味はないって言ってたのに」


 独占欲に近いかたちでローズへ好意を抱いているらしく、言葉には荒々しさがあらわれた。シャルルに対する目つきの原因もそれだろう。


「興味がなければ愛してもらえるとでも? そんな道理はない」


 鼻で笑ったローズの返しにフランシスがぐっと唇をかんで押し黙った。


「理解できたら話は今度だ。人手が欲しいとデニスが探していたぞ」

「そ、そう……わかったわ。ごめんなさい」


 謝罪の言葉はシャルルに向けられた。自身の止められない嫉妬を反省したようだ。急いで彼女は店の中へ戻っていく。


「すまない、フランシスがお前にあんな態度を取るとは……」


 大きなため息に空気が重たくなる。沈黙が通り過ぎるような気まずさを振り払おうとシャルルは首を横に振った。


「ううん、ボクは気にしてないよ。愛されてるんだね、ローズは」

「行き過ぎた愛情は暴力と同じだ。見るに堪えない」


 どくろの首飾りを触りながら彼女は苦々しい表情を浮かべる。


「たとえば、あの子に何かしらの事情があったとしてもな」


 馬車の足音がいつもより冷たく地面に響いて聞こえた。


 ローズはフランシスについてをよく知らない。好意を向けられた理由も。


「どこかで会ったとかじゃない? ローズが覚えてないだけで」

「さあな。少なくとも彼女が話してくれないことには私が困るだけだ」


 そもそもローズは男女関わらず、基本的に色事そのものに興味がない。ただひたすらに旅を続けて、見たいものを見て、聞きたいものを聞いて、知りたいことを知る自由のなかに生きている。他に欲しいものもなく、望むままの旅人として。


 フランシス・ボワローがたとえ親切で優しく誰をも惹きつける魅力があったとしても、ローズだけは間違いなく靡いたりはしない。事情を話そうとせず一方的であればなおさらに、話を聞くことさえ彼女は疎ましいと感じてしまうくらいだ。


「ずっと外にいると冷えてきたな。そろそろ私は戻るが……」

「あ、ボクもそうするよ。気持ちの悪さも落ち着いたしね」


 食べ過ぎちゃった、とシャルルがお腹をさするとローズはやわに口角を上げる。そっと彼女の少しふくれたお腹に触れ、手が紫色にぼんやりと輝く。


「元気になっただろう。もっと食べるか、それとも風呂に入るか?」


 気付けば空腹感はないまま腹部の張りは収まっていて、さきほどよりも体の調子がよくなっていると感じたシャルルは、ローズが魔法を使ってくれたと驚きつつ──。


「お風呂にしたいな。次はさっぱりしたい気分かも」

「ああ、ならそうしよう。宿の中から行ける露天風呂があるんだ」


 宿の中に戻り、宴の喧騒が彼女たちを再び迎えた。転がった食器や酒瓶を避けながら歩き、シャルルを連れて鍵のかかった扉の前まで来て気付いたデニスが開けてから「中から鍵を閉め忘れないように」とだけ伝えて厨房へ戻っていく。


 露天風呂はローズだけが使用できる特別な場所だ。清掃や彼女からの頼み以外で出入りはなく、鍵を閉め忘れて大事な物を取られても責任は取れないからだ。


 脱衣所には持ち込ませておいた着替えがきちんと置かれてある。嫌がらせでもされていないかと不安だったが、取り越し苦労だったとローズは安心した。


「ねえねえ、ローズ。〝ろてんぶろ〟ってなに? 空が見えるの?」

「ああ、そうさ。星空がとてもきれいでな、景色が病みつきになる」


 本来、外に風呂があるなどヴェルディブルグの文化から言えば聞いたこともない話で、ローズはそれを遠い異国ではよく見られる光景だという。

 

 実際に出てみれば背の高い壁で取り囲まれた浴場は、たしかに空が開けていた。天気も良く、星が煌めているのを見上げて「わあ」とシャルルが期待していたものに喜んだ。


「ほら、せっけんだ。こっちで頭と体をしっかり洗ってから湯舟に入れ」


 体を洗うための場所は湯舟から少し離して設けられている。ただ、シャルルはどこから湯が湧いているのか不思議でならない。大きな桶のなかにある湯はちっとも冷めていない適度な温度をしていて、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「どうやって湯を沸かしているの? 薪で熱しているふうにも見えないけど」

「ああ、それなら……あれだ。あの岩に私の魔法が掛けられていてな」


 広い円形の岩の湯舟、指を差した中央にある大きな岩石には奇妙な文様が彫られていて、見れば湯気のなかに隠れてうすぼんやりと白く光っているのが分かる。


「いつでも入れるようにしてあるんだ。湯も熱すぎないし、岩に触ってもやけどはしないから安心するといい。……最初は何度か失敗してしまったが」


 体を洗いながら、ローズはほうっとため息をつく。彼女にも失敗は当然あって、魔法そのものは優れていても本人の知識が乏しいうちは仕方ないことだ。


 それは今になっても変わらず、めったと使わない魔法に関しては忘れていたりすることも多い。


「でもローズはすごいよ。失敗したって諦めないんでしょ?」


「時間が限られていないからな。……言い方は悪くなってしまうかもしれないが、お前たちのように五十年を生きるのに苦労するのとは話が違う。些細なことでさえたっぷり時間を掛けられる、それが魔女という生き物(・・・・・・・・)なんだよ」


 頭からかぶった湯が髪を伝って、毛先から滴って足もとを濡らす。岩の床を伝って排水されていくのをローズはぼんやりと眺めた。


「お前は好きなことを好きに学べ。誰かのために生きる必要はない。人間の寿命は五十年から七十年が関の山だ。時間はお前を助けてはくれないんだから」

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