第10話「嫌われたくない」
「ハヴェルを探しているのかい?」
雨が降ってきて農具を片付けているミランダに呼び止められる。
「ああ。お前の家にいるんだろう。会わせてくれるか」
「……そうねえ。ローズちゃんなら元気付けられるかもねえ」
ミランダの家の玄関は開け放たれたままで、彼女は変わらず何を言うこともなく農具の片付けを続ける。「ありがとう」と軽い会釈をして、家のなかに入った。
玄関からすぐの階段を上がって、二階の廊下を歩く。閉じ切っていない部屋の扉の前に立って「入っても構わないか」と声を掛けたが、青年からの返事はない。中の様子を伺いながらゆっくり開き、うずくまったハヴェルを見つける。
「気持ちは分かるが、拗ねたあとはどうするつもりだ?」
「……ローズには関係ない」
「分かった。じゃあ帰るよ、ミランダによろしくな」
びくっと動くのを見て呆れる。本当は慰めてほしい、何か言葉が欲しいにも関わらず、素直な気持ちを言えずに突っ張っていることなど最初から見抜かれていた。
「まだ子供だな。言っておくが、甘やかす言葉なんて用意してないぞ」
「分かってる。俺のわがままだもん、分かってるよ」
背中を向けたまま、ハヴェルは「ごめん」と謝った。今朝の事といい、集会所でのマクシムとの言い争いがあって、何も言わずに飛び出してしまったのを後悔していた。精神的な落ち着きを完全に取り戻さないうちから同じ話を何度もされてうんざりだった、と。
「もういい、気にするだけ時間の無駄だ。マクシムにもあまりしつこくしてやるなと忠告はした。明日からは普通に過ごせばいい。誰も怒ってなんかないさ」
「……それも分かってる。みんな優しいから、誰も何も言わない」
ハヴェルは起き上がり、ローズを見て泣きそうな顔をする。
「怖いんだよ、俺。みんなに嫌われるのが……マクシムさんが『もっと大人になれ、両親のようになるな』って、みんな見てるからって言うんだ。だから……!」
縋りつくようにローズの肩を掴んで必死に訴えかける。ローズは彼の頭を優しく撫でながら「お前はお前だよ」とやわらかな口調をして答えた。
「人間は成功も失敗もすべて積み重ねて生きるものだ。そして努力は人の目によく映る。お前がどれだけこの村で足掻いてきたかを、みんな知ってるんだよ。たった一度の失敗くらいで嫌ったりなんかしない、絶対だ。私が保証してやるとも」
ハヴェルの母親は彼を産んですぐに亡くなっている。それからは父親が男手ひとつで育ててきたが、五年前のある日に村へ連れて来た女性と共に彼へ『少し旅行に行きたいから、留守番を頼む』と言ったきり帰らなかった。
村ではうわさが瞬く間に広がり、孤独でいるハヴェルを見てはひそひそと話す日々がしばらく続いた。哀れに思われることもあれば、ときどき『やはり村の外出身の奴は信用できん』と言う者さえいて、一年が経った頃に父親の訃報──女性に騙され、借金を背負った挙句の自殺だった──を聞かされた頃には自業自得だと村の優しい人たちでさえ言い始めた。
だから怖かった。自分も些細な事で信用を失ってしまうのではないか。事情を知っているマクシムからの言葉は彼の不安に拍車をかけ、何も言わず飛び出すしかできないまま、幼い頃から世話になっているミランダの家に逃げ込んだ。
ひとりは怖い。ひとりはいやだ、と。村を出る勇気を持てなくて。
「そんなに怖いなら絵本でも読んでやろうか、昔みたいに」
「や、やめろよ……! 俺もそこまでは小さくないよ!」
顔を紅くするハヴェルの額をこつんと指先で弾く。
「ハハッ、冗談だ。……だがミランダに心配ばかりかけるなよ。せっかくだからシャルルといっしょに料理でも作ろうと思っていたんだ、今日は私の家に来い。そこでゆっくり話をしよう」




