9. 街の亡骸
マホの魔の手から逃れるために、何かしら口実を作る必要がでてきた。避難先として思い出したのは、シルフィから手伝ってほしいといわれていた遺跡探索についてだった
探索の日程について話し合うことになったのだけれど、待ち合わせの場所になかなか姿を現さない。
待ってもなかなかきそうもないので、彼女が泊まっている宿屋にむかうことにした。
「なにしてるんだ?」
なぜだか困り顔の宿屋の主人とカウンター越しににらみ合っている。
「勇者さん、ちょうどいいところに来たね。この親父が聞き分けが悪くてさ、キミからもちょっと言ってほしいんだ」
「ですから、そろそろたまった宿賃を払ってほしいわけですよ」
「だから、払うってば。でもさあ、ちょっとぐらいまけてくれてもいいんじゃない?」
「そりゃあ、国を救っていただいた勇者様の一員であるあなたになら、って気持ちはありますよ。でも、こちらも生活がありまして」
埒が明きそうもないので、話に割って入ることにした。
「こいつはいくらっていってるんだ?」
店の主人は渋い顔で『銅貨1枚』と口にする。
日に銅貨1枚とは、かなり強気な値切り方だった。オレの泊まっている安めの宿でも、銀貨1枚である。
「何いってんのよ、『月に銅貨1枚』にきまってるじゃない。まとめて先払いしてあげるんだから、いい話でしょ?」
「……おまえなぁ」
ため息をつくが、こいつの場合本気なのか冗談なのかがわからない。
「よし、じゃあ、魔導院の魔法使いちゃんにつけておいてよ」
「おい、勝手にそんなことしていいのか?」
「大丈夫よ、役職つきでかなりの高給取りらしいし」
店の親父はというと、そういうことならと宿泊台帳にマホの名前を書き付けていく。
「……知らんからな」
怒ったあいつとシルフィのやりとりを想像して疲れを感じた。
3日後、準備を整えて遺跡へと出発した。
ひとけのない廃墟跡、百年以上前のひとびとの生活の名残が見える。しかし、その風景が唐突に途切れる。
「うげ……、すさまじいな」
目に入るのは積み重なった瓦礫と廃墟。用をなさなくなった建物、割れた路面、焼けた看板。もろもろの破壊の傷痕と滅亡の風景が続いている。
「ここも、過去に魔物によって滅ぼされた都市のひとつだよ。50年ほど前の王都だったかな」
盗賊の後ろについて慎重に足を前に出す。どこから崩落がはじまるかわからない。場所によっては、いまだに残っている警報装置が作動することもある。
足元に気をつけながら、上を見上げると崩落した屋根から青空が覗いている。
「思い出すよね、キミらと出会ったときのこと」
旅の途中、屋根を求めて立ち寄った遺跡でのこと。マホの「どうしても必要だ」と言う声に押されて探索をすることになった。
マホとリーリャの3人で遺跡にもぐり、気をつけて慎重に進んだつもりだった。
結果、警報装置を作動させて閉じ込められた。
「おまえ、いきなり助け賃要求してきたからなぁ」
「あんな世の中だったんだ。気持ちよりもお金だよ」
こういうやつなんだよな、とため息を吐きながらついていく。それでもその腕は一流で、会話をしながら片手まで安全な道を探り当てていく。
その卓越した隠密行動や索敵の腕と経験は本物だろう。旅の道中も、こいつの活躍で魔物との戦闘を回避できていた。そうしなければ、魔王の下にたどり着くことはできなかったと思う。
「あれから考えたんだが、登場するタイミングが丁度良すぎた。おまえ知っててみてただろ?」
さてねと、とぼけた様子で含み笑いをこぼす。
たどりついた先は書棚がならぶ部屋だった。崩れた壁から光が差し込んでいる。
風化した本は持ち上げようとすると、細かく崩れて散っていく。舞い散ったほこりに顔をしかめる。
「保存状態はあんまりよくないね。ここははずれかな」
魔物による破壊痕を見ていると、もしかしたらあったかもしれない未来を考えてしまう。
一番に堅牢と思える王の居城ですら半壊している。過去の魔物たちの攻撃の苛烈さが垣間見えた。
当事の勇者たちは、魔王に苦戦していたのだろう。
魔物は魔王によって生み出された眷族と言われている。その数に限りはなく、倒し続けても人間側が消耗するばかりである。
魔物への対処方法はひとつ。原因となる魔王をいちはやく排除して魔物の発生を食い止めることだった。
そのための、『聖剣』そして『勇者』であった。
絶対の力を振るうものに与える聖剣が、およそ人間にかなうはずの無い魔王討伐を可能にさせる。人々はその日を待って、必死に街を守り続ける。
ようやく魔王を討伐し勇者が帰ると、……そこは既に廃墟だった。当事の勇者たちはどんな思いでこの地を踏んだのだろうか。
時間をかければかけるほど、被害は広がっていく。旅の途中も被害に会った人々や街を見て、道を急いだ。
「オレたちは運がよかったんだな」
今回の魔王災害の被害は少ないといわれている。地方から疎開してきた人々も自分たちの故郷に戻りはじめていた。
「勇者さんってば、王都から離れたあんな田舎にいるせいで中々見つからなかったそうじゃないですか。探すのに苦労したって僧侶ちゃんが言ってたよ」
「自分が勇者だなんて、普通思わないだろ」
勇者になる人間に法則性はないと言われている。 神官が神の声を聞いて、勇者を見つけ出すそうだ。
オレの場合も村にリーリャがやってきて、いきなり勇者だと告げられた。
「ところで、マホのやつはどうして、昔のことなんて調べているんだ?」
「難しい話はわからないけどさ、知りたいことがあるんだってよ。もったいぶって中々教えてくれないんだよねぇ」
廃墟の中での探索でめぼしいものは見つからなかった。特に危ないこともないまま、探索を終えて街に戻った。
「それじゃあ、明日、魔法使いちゃんのところに行ってくるけど、勇者さんはどうする?」
「オレはいいよ、まかせる」
「どうしたの? 勇者さんってば魔法使いちゃんのこと避けてるみたいじゃない」
「当たり前だ! 顔を見せたら、ついでにって実験に付き合わされる未来しか見えん!」
「ひどいなぁ。健気に待つ乙女を放置するなんて」
あいつに限っては乙女なんて言葉はまったく似合わない。やつは研究という神の狂信者だ。
「はぁ、つかれた」
ため息をつきながら装備をはずしていく。体を投げ出すと宿屋のベッドが優しく体を抱きとめてくれる。
今日の見たことが頭の中で再生されるが、まもなく心地よい眠りがやってきた。




