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53. たった一つの願い

「なによそんなにじろじろ見て。……ああ、少し見た目が変わったわね」


 以前は夕陽のような紅の髪は、月のように白く輝く銀髪となっていた。瞳の色も激情を表す赤から、落ち着いた瑠璃色となっている。


「とりあえず、これでも着てろよ」


 自分の体を見下ろすマホは素肌をさらした状態だった。

 生まれなおした彼女に上着を貸してやる。サイズの合わないだぼだぼの服は、いつもの黒ローブ姿をおもわせた。

 

「やられたわ……。本当だったら、わたしの魂を触媒に特異点を封じるつもりだった。そのための術式も構築したってのに、無駄になったわね」

 

「おまえ、そんなこと企んでたのか」

 

「あんたこそ、体を一旦魔力に分解させて再構成するなんて、ずいぶん無茶したものね」

 

「ああ、それなんだけど―――」

 

 言いかけたところで、もう一つ増えていた気配に気がつく。その気配の主を見たマホは呼吸を忘れたように口を開閉していた。

 

「うそ……よ。……ありえない」

 

 メガネをかけたやせぎすの男の姿が見えていた。だが、今にも消え去りそうな不確かな存在であった。そんな男を前に、マホは恐怖に顔をゆがめる。

 

「勇者……これもあんたが作り出したものなんでしょ……。ありえない、そんな都合のいい話なんてあるはずがない!」

 

 ひび割れた声をだしながら男から後ずさる。

 マホの顔に浮かんでいるのは恐怖だけではない、つめこんで蓋をしめていた感情があふれ出そうになる寸前のようであった。

 奥歯をぐっとかみ締め、伏せた顔に前髪が垂れ表情を隠す。

 

「ちがう、そんなはずがない。だって……だって……父様は、もう、いないのだから……!」


 まさかと、思いながらもう一度男を見る。マホの父であるアルフレッドは不可解な消え方をした。彼がいなくなった現場には、持ち出された聖剣が残っていたらしい。


「そうか……あんたが……」

 

 聖剣を初めて握ったときからずっと感じていた違和感。それの正体が目の前に立っている。

 おそらくは、ただこのときを待っていたのだろう。特異点を人の体に封じたように、自らの魂を聖剣の鞘に宿らせてみせた。ただ娘を助けることを願って。


「……ご利益はあったみたいだな」


 そういって、マホの前に一枚の札を見せる。

 

 マホの机に残されていた“願いの札”、そこに書かれていたのは『もう一度、大好きな人に会いたい』というものだった。

 

「あれは……あんたがあんまりにも頼み込んでくるから……しかたなく適当に書いただけのものよ……」

 

 わざと偉そうに言うが、失敗していた。声も、顔も、演技をうけつけていなかった。泣くのを必死に我慢している子供のようにしか見えなかった。

 

『……すまなかったな……マホ』

 

 風の音のように微かな声が娘の名を呼んだ。その声を聞いたとたんにマホの顔がくしゃりと崩れた。

 

「あやまらないでください。わたしは……わたしは……ずっと……」

 

 顔を俯かせ握った拳が震えている。そのきゃしゃな肩にそっと手を置く。

 

「いいたいことがあるなら言っとけ。もう平気な顔をしている必要なんてないんだ」


「う……ぐ……」

 

 マホは握っていた拳を解いた。涙に濡れた顔を上げると、押さえが利かなくなり一気に感情を吐き出していった。

 

「ずっと……あなたに会いたかった……! この十年間のことは、すべてあなたのためにやってきた!」

 

 十数年ためこんでいたものを吐き出すように魔法使いはまくしたてる。

 

「わたしはあなたがどうして死んでしまったのかを知っていて……、でも、あなたのために何もできないことを悔やんでいた。だからあなたのためにできることをしようとして、だから……だから、わたしはここまでこれたのです! わたしにとって、あなたはいつも目標でした!」


 父を慕う娘の言葉を前に、男は表情を暗くする。それはまるで罪をつきつけられた罪人のようであった。望んでいたのは許しではなく、怒りの言葉だったのだろう。

 

「そんな悲しい顔はしないでください。これは全部、わたしが選んだ道です。父様と母様がなしてきたことを知りました。世界の法則は人間が抱えるにはあまりに強固で自動的で残酷だった。だから……きっと……わたしが許せなかったのは、そんな物語をおしつけてきたこの世界だったのです!」

 

 癇癪を起こした子供のようにぶつけられる言葉を、男は黙って聞き続けていた。声に出していくうちにマホの中の感情は高まっていく。胸の奥に押し込んでいたものが、外にでたいと喉元を震わせる。

 

「わたしはあなたと一緒に過ごしたかった。あなたの残してきたとぎれとぎれの足跡ではなく……あなたと時間を共にして色々なことを知りたかった……」

 

 とうとう、嗚咽をもらし言葉を途切れさせた。

 男が困ったように視線を向けてくるので、肩をすくめてみせた。

 「父様」と連呼しながら幼い子供のように泣きじゃくる娘に、壊れ物を扱うようにそっと娘の頭に手を伸ばした。


「父様……わたしは……あなたが大好きです……!」

 

 ようやく伝えられた言葉。

 マホは涙でぐしゃぐしゃにしながら精一杯笑って見せた。


 男は柔らかい表情で微笑んだ。

 そうして、光の粒子を散らして世界へと融けていった。

 

 

 

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