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49-2. 誰も彼もが泥まみれだ

長いので分割しました。本日分(2/2)

 場が静まる。さすがのシルフィも顔を強張らせている。彼女自身も、マホについて詳しく知らされていなかったのだろう。

 

「……それは、まさか、オレたちが特異点をつぶせなかったせいで、あいつの体に入り込んだのか?」

 

「違うな。彼女は生まれたときから特異点をその身に宿していた。そうしたのが、クルツと、ルチエラ、アルフレッドの三人だ」

 

「どういうことだ……?」

 

「彼らは優秀だった。優秀すぎた。彼らの柔軟な発想と常人にはない着眼点、もはや狂気といってもいい」


 勇者を失い、残された三人は魔力を吐き出し続ける特異点を対処する術を考え出すに至った。

 

「聖剣による一撃―――あれほどの威力が出せる理由とはなにか……? あれが魂を触媒とした魔法だと気づいた。ルチエラは魂を捧げてその身を器として、特異点を封印しようとした」

 

 失敗による被害を減らすための咄嗟の判断であったが、それは予想外の効果をもたらした。

 本来だったら、人間の魂の器ひとつに収めることなど不可能だった。しかし、彼女はその胎内に子供を宿していた。

 

「まさか……それが……」

 

「そうだ……。母と子の二重の器によって特異点を封じることに成功したのだよ」

 

 そうして、マホは生まれる前から特異点を封じる器となった。母の胎内にいる間、さらに適した体に変化していった。

 偶然の産物とはいえ、彼女は人間の意識を有する魔王となった。それは人の手によって世界の魔力を制御できることを意味していた。

 

「我らはこれで魔物の被害がなくなると喜んだ。しかし、それもまた勘違いだった……。魔物の発生を抑えこんだ影響が世界に現れ始めたのだ。それは第二の特異点の発生の予兆だよ。魔物の発生もまたこの世界にとって必要なものだったのだ」

 

 そうして、魔力の流れを管理し定期的に魔物を発生させることで、被害を最小に抑えるという方針に切り替えられた。

 

「あやつはその身に特異点を封じ、世界の魔力の流れを管理し続けた。しかし、それももう限界となり、この様か」

 

「ふざけるな! それだけのことをさせて、最後まであいつを犠牲にするつもりか! あいつはなんのために生まれたんだ。死ぬために生まれたっていうのかよ!」

 

「勇者よ、貴様は剣を持って魔物と戦う。我々も先達たちが積み重ねた知識と経験によって世界の法則と戦っている。それが魔導院としての戦い方だ。ルチエラもアルフレッドも、目指したものは一つだ。あの娘も同じだ」

 

 静かにこちらを見る男の目の奥には鋼の意志が見えていた。

 目的のために手段を選ばない。この男はある種の理性が強すぎるのだろう。命の尊さを口にしながら、無抵抗の赤ん坊の首を折ることもできる。

 

「くそっ……!」

 

 自分が必死に成したこと、すべてが茶番の上に成り立っていた。自分はこの物語の主人公などではなかった。

 

「……教えて欲しい。どうして先代勇者は特異点まではつぶせなかったんだ? 聖剣を扱えるってところなら同じだろう?」

 

「単純に出力が足りないことが問題なのだよ。そのための勇者の能力だ。周囲から集めた大量の魔力をぶつけて、その魂を用いて特異点を正常化させる。その結果、特異点からの魔力の流出がおさまると考えている」

 

「おもしろい話だが、その根拠は何かあるのか?」

 

「根拠か……根拠は無いな……」

 

 男は気分を悪くした様子もなく言った。事実は事実として、すべてを事象の彼方から見つめていた。

 

「先にもいったが特異点に関してはわからない部分がまだまだ多い。さきほどまでの話も仮説を含んでいる部分も多い。いまだに検証中だ」

 

「検証途中……?」

 

 聞きとがめたのはシルフィだった。

 

「そうだ。人工勇者に関しても、発展途上だ」

 

「つまり、このまま続けるつもり?」

 

 シルフィの問いに男は躊躇いもなく平然とうなずく。男は自分のやっていることを自覚している。それが意味することを理解しながら、死体を積み続けるだろう。

 これはこの男に限った話ではないのだろう。

 教会も、国も、魔導院もすべての人間がグルになってマホやリーリャに死ねといっている。

 

「最後に聞きたい……。マホの身体から特異点を分離させることはできるか?」

 

「不可能だ。それだけははっきりと断言できる。あの身体は特異点に適合するように変質したものだ。でなければ、あれほど大量の魔力を体内に有しながら生きていられるわけがない。母親であるルチエラも魔導院でも抜きん出た才能を持っていた。そんな彼女でも、耐えることができなかった。あやつにとって特異点とは一つの臓器のようなものなのだよ」

 

 部屋の前から去った後も、頭に残っているのは突きつけられた事実。マホを助けることができる可能性は―――絶無。

 

「勇者さん、大丈夫ですか?」

 

「……ああ、少し考えたいことがあるから一人にしててくれ」

 

 シルフィと別れ、戻ってきたのは魔法使いの研究室だった。

 あいつが座っていた椅子に腰掛けてみる。

 立派な肘掛椅子だったが、あいつは足が床に届かずちょこんと浅く座っていた。

 

 広い研究室を見渡すと、あいつの姿が残像となって浮かびあがる。

 ぶかぶかの男物の黒ローブの裾を引きずりながら、あれやこれやとこちらに注文をつけてきた。

 

 だけど、その姿はどこにもない。

 

 今も一人で、あの場所で待ち続けているのだろう。

 いままでも、一人。

 これからも、一人。

 だれにもすがらず、死ぬときを目指した。

 

「おまえは……! どうしてっ……!」

 

 血が滲むほど固く握りこむ。

 気持ちを抑えることなどできず、机に拳を振り下ろした。

 

 重い音に混じって、カタリと軽い音を立てて何かが床に落ちた。

 

「……これは?」

 

 それは薄い木札だった。裏返すとそこにはマホの筆跡が見えた。願い札だった。

 祭りで出すはずのものだったのに、結局そのままにしていたらしい。

 

「……なんだよこれ」

 

 そこに書かれた願いは、笑ってしまうほどにとてもちっぽけなものだった。

 

「……くっ、ははっ、ははははっ」

 

 乾いた笑いが漏れる。おかしくてしょうがない。

 あいつが与えてきた一週間という猶予は、どうしようもない事実を再確認するためのものだったのだろう。だからこそ、見せつけるように資料も残していった。

 こんな木札一つなんて、あいつにとっちゃなんでもないものだったのだろう。

 

「見てろよ、誰があきらめてやるかよ!!」

 

 おまえは一人じゃない、おまえが生きてきた15年間をずっと見てきたやつはいない。でも、今は違う。

 みんな報われればいい。一緒に笑って幸せな結末を迎えたい。


 間違い続けてきたオレが選んだこの選択もまた間違いなのかもしれない。だけど、いつでも願うことはひとつだった。幸せな結末、そこにたどり着くことだけだ。


 

 あらためて自分が出来ることを考える。

 勇者としての力、そして、聖剣。

 

「…………ん?」

 

 じっと聖剣を見ていると、ふと思いついたことがあった。

 

『あらゆる物体を魔力に分解する剣』

『あらゆる魔力を吸収できる勇者』

 

 なんか思いついたような気がした。しかし、足りないものがまだ多い。

 

「あの……勇者さん、変な笑い声が聞こえたんだけど……」

 

 シルフィが扉の隙間から怖々とのぞいている。

 

「別に気がふれたわけじゃねえよ。ちょっと思いついたことがあってな」

 

 本当か、と驚くシルフィの後ろからもう一人の影がのぞく。

 

「勇者様!!」

 

「リーリャ……」

 

 彼女もまたマホを助ける手立てを探していたようだった。


「……そうか、おまえもあきらめの悪いやつだな」


「キミがそれをいうかなぁ」


 シルフィの呆れ声、リーリャの当然といった表情、自然に口が笑みの形になる。例え、オレたち四人の出会いが作為的なものだったとしてもそこには確かな絆ができていた。

 

 進むべき道はぼんやりとしか見えなかった。宙吊りにされた運命が、今、はっきりと姿を現す。

 

 あとは手を伸ばすだけだ。

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