41. 祭りの賑やかさ
祭り当日、他の街からもやってきた観光客で往来はごった返していた。
「魔法使いちゃんはこられなかったか~。まったく、ノリが悪いんだから」
結局、間に合わなかったらしい。
近いうち、マホのやつはしばらくの間ここを離れるらしい。これが四人で集まる最後かもしれないと思うと、来てほしかったという寂しさがあった。
子供たちがはぐれないようにと、しっかりと手をつなぎながら見て周っていく。
街のどこもかしこもきらきらして、まぶしくて、きれいでみんながとても楽しそうだった。そこには幸せだけで満ち溢れているようで、そこにいれば幸福の一部になれる気がした。
広場にくると、真ん中の目立つ場所に台座が置かれていた。
人だかりの中心には一本の剣が突き立っている。
並んだ人間たちは柄を両手で握り、顔を真っ赤にしながら引き抜こうとする。
「なんだ、ありゃ?」
「聖剣だよ」
「いやいや、うそだろ?」
「まあ、レプリカなんだけどね。古い昔、聖剣はああして地面に突き立ってたらしいよ。それにちなんだ催し物ってわけ」
「大根じゃあるまいし、剣を抜いて何が楽しいんだか」
「ちなみに、抜けたら賞金がでるらしいよ」
通り過ぎようとした足がピタリと止まる。
「ま、まあ、祭りだし楽しまないとな」
懐から財布を取り出し、列の後ろに並んだ。
…………結果、抜けなかった。
「おい、あの剣、台座に溶接されてたぞ。あんなの抜けるか!」
「はっはっは、ひとつ勉強になったねぇ」
主人に文句をいったが参加費を取り返すことはできなかった。そんな醜態をさらしたオレを、シルフィやロームがにやにやという底意地の悪い笑みで出迎えた。
「にいちゃん、あれをやるのはおのぼりさんだけだよ」
よくよく見ると、遠巻きに眺める連中が挑戦者を見る目は生暖かいものが含まれている。
そこに勇ましい声を上げながら挑戦者の列にならぶ中年の男の姿が見えた。
「もう一回だ! もう一回だけ、頼む!」
「お父様、もうやめましょうよ」
声がするほうに目をむけると、身なりのいい紳士を必死に引きとめようとする若い女性の姿が見えた。
アリシアとその父だった。
二人もこちらに気がついたようで会釈をしてくる。
「あのさ、やめといた方がいいぞ。絶対に抜けないから」
「私もそう言っているのですが、父がどうしてもと」
「このときのために体を鍛えてきました。贋作とはいえ、聖剣です。あの剣、絶対に手に入れてみせます」
「そういって、この前も無茶して腰を痛めましたよね」
この男、金に糸目をつけず名剣をコレクションしていった結果破産寸前にまで追い込まれた経験があった。そのせいで娘であるアリシアが子供と一緒に心中しようとしたと聞き、深く反省したはずであった。
しかし、また熱をぶり返してきたらしい。
このままだと、またアリシアが路頭に迷いかねない。
「それじゃあさ、レプリカなんかじゃなくて、本物見せたら満足するか?」
「それは……本当ですか……!?」
男の食いつきは激しく、両手を握りこんできて「約束ですからね」と腕をぶんぶんと上下させてきた。
広場から離れながら、ふと思ったことがあった。
「……聖剣を引き抜くっていうので思ったんだが、聖剣の鞘ってなんなんだ? 勇者以外に抜けなくする意味ってあるのか?」
「勇者以外の人間が握ると魔力を大量に消費して危険ですから。安全装置のようなものじゃないでしょうか」
オレの疑問に答えるリーリャも詳しいことは知らないらしい。
なにげなく使っていたけど、あの鞘もなかなか不思議な代物である。あらゆるものを分解するはずの聖剣の力を封じることができるのだから。
「聞いたところによると、初代勇者の頃につくられたものらしいよ」
「となると、最初から一組だったわけじゃないのか……」
初めて聖剣を触ったときから感じていた異物感、それは鞘から感じていた。それは気配や声といったものに似ていた。
気のせいかと放置しているうちに慣れていったが、ふと思い出してしまった。
「こういう話のときは、魔法使いちゃんがいたらよかったのにねぇ」
そこに合図のように時を告げる鐘の音が鳴り響いた。祭りに来ていた多くの人間が鐘の音に顔を上げる。
沈み行く夕焼けが人々の顔を赤く染める。町のシルエットの上に赤みを残した群青色が広がり始めていた。
あいつは―――いまもひとりでこの鐘の音を聞いているのだろうか。別れ際にみたマホの背中を思い出す。
まだ間に合う、そんな気がした。じっとなんてしていられるか。
「シルフィ、悪いけどちょっと任せてもいいか?」
「ん~、いまから行く場所か……。まあ、なんとなくわかるよ。今じゃないとだめなのかな?」
「ああ、今だよ」
祭りに夢中になるロームたちがリーリャの手を引き人の波へ入っていく。「しょうがないな、いっておいで」と手をひらひらさせるシルフィに目で謝る。
にぎやかさを置き去りに魔導院へと走った。
 




