4. 孤児ローム
目の前にたつ真っ赤な旗、じっと見ている。風にはためいたりするだけで、変化はまるでない。
「……ヒマだ」
それは工事現場の目印となるもので、倒れないかだけを見張る役だった。
オレの人生で一番楽な仕事の記録が更新された。
世の中には色んな仕事があるもんだ。今までで一番楽な仕事ではあるけれど、精神的にきつい。
あとは、だだっぴろい倉庫の片隅で人気の無い中、ひたすら商品を箱詰めするだけの仕事もやったことがあった。
「ん?」
小さな人影がうろちょろとしている。
まだ小さい男の子で、10歳をこえてもいなそうだった。その顔に見覚えがあると思ったら、リーリャにロームと呼ばれていた孤児院の子供だった。
「おい、坊主、ここは危ないぞ」
「なにいってんだよ、さっきから暇そうに座ってるだけじゃん」
口がよくまわる。よくいえば利発そう、今のオレにはただのクソガキに見える。
「これが仕事なんだよ。ほらいったいった、ここで遊ぶな」
手で追い払おうとすると、なんのつもりか旗を立てている支柱をゆらしだす。
「遊んでるわけじゃないよ。探し物があるんだ」
「わかったわかった、きいてやるから、その手を離せ!」
やっぱりクソガキだった。
にやにやと底意地の悪い笑みをうかべている。
「にいちゃん、花をみたことないか? 青いやつ」
「わるいが、あんまりこの辺には詳しくないんだ。それに花についてなんてあまり知らんぞ」
「なんだよ、つかえねーな」
憎まれ口をひとつ叩くと、旗を蹴り飛ばす。慌ててもどしにいくと、笑い声を残して去っていった。
子供の相手は疲れる。リーリャも大変だな。
孤児院の様子を見に行くと、中から怒りを含んだ大声が聞こえた。
「おまえに指図なんてされたくない!」
飛び出してきた男の子の顔に見覚えがあった。
後から追いかけてくるリーリャから、なんとなく状況を理解する。襟首をつかまえると、つぶれたカエルのような声がもれた。
「なにすんだよ! 離せよ!」
短い手足でジタバタともがくロームを担ぎあげる。慌てて出てきたリーリャに「こいつのことはまかせとけ」といって孤児院から離れていった。
力でかなわないとわかったのか、さっきから耳元で「誘拐犯! 変態!」と騒ぎ立ててやかましい。
「うるせえな、ほら、おろしてやるから」
「なんなんだよ、おまえ。あいつの知り合いなのか?」
「まあな、オレのことはいいから早く行こうぜ」
さっさと歩き出そうとするが、きょとんとした顔でこちらを見ている。
「探すんだろ。青い花を」
「手伝ってくれるのか?」
「ああ、といってもおまえのためじゃないからな。見つけたら、もう僧侶のことをこまらせるなよ」
返事をしないまま、ロームはあちこちを探し始める。
孤児院の周囲はあらかた探し回ったようで、すこし歩くことになった。
「この辺だと、冬の終わりのころにだけ鮮やかな青い花を咲かせるんだ。その花が咲く頃に、ああ春がきたんだなってかーちゃんが喜んでたんだ」
「ふうん、なあ、リーリャにきいてみたらどうだ? あいつなら花のことも詳しいだろ」
「あんなやつになんて絶対に頼りたくない」
「なあ、おまえ、リーリャのことは嫌いなのか」
「嫌いだよ。大っ嫌いだ。あいつってすごいんだろ。勇者の仲間のひとりなんだろ。なのに、どうしてとーちゃんとかーちゃんを助けてくれなかったんだ! 僧侶様なんてよばれて、みんなから持ち上げられていい気になってるんだ」
ロームの両親は魔物の被害によって亡くなったらしい。もしもの話だった。もしも、もっと早く魔王を倒せていれば。もしも、村の近くを通っていれば助けられたかもしれない。
子供は正直だ。真正面から不満をぶつけてくる。
表面的に感謝していても、もっとうまくやれたんじゃないかと陰口を叩かれていることもある。
「リーリャと一緒にいてあいつがどんなやつかわかっているだろ? 他の子たちにもなつかれているし、シスターたちからも頼りにされている。ロームの目から見て、あいつはどんなやつに見える?」
「…………」
返事は無い。視線をそらして黙り込んでいる。
ロームは賢い子だった。だから、自分の感情がどうしようもないものだとわかっていて、もてあましてしまっている。
「オレが何を言っても、まわりの評判がどうでも、ロームが決めることだ。もう少し、彼女のことを見てから決めてもいいんじゃないか?」
時間もいい頃合で、孤児院にロームをつれて帰った。ほっとした表情のリーリャが出迎えるが、ロームはむっつりと黙り込んだまま彼女を素通りしていった。
「あんまり気にすることないだろ。子供がすねているだけだ」
「……私はロームをがっかりさせてしまったんです。もっと私がしっかりしていれば、ロームの両親が魔物の被害に遭うこともなかった」
魔物によって親しいものを失ったものは多い。ロームの場合、その悲しみをぶつける先にいたのがリーリャだったのだろう。ただしくは、甘える相手を求めているのかもしれない。
「おまえは過保護なんだよ。人生思い通りにいかないなんて、あいつぐらいの年ならわかるだろ。好きなだけ悩ませとけ、そうやって成長していくんだから」
ありがとうございますといって、リーリャは少しだけ笑って見せた。