34. 性の乱れ
ぱっと目が覚める。
たっぷり寝たせいか、眠気もほとんど残らない寝覚めだった。
目の前一杯にとても見覚えのある天井が見えた。
久しぶりに拝んだ自分の部屋で体を起こす。
しかし、窓の外から見えるのは一部だけ見覚えがある風景だった。
村の中は異様に発展していた。
村一番の建物といえば村長の家だったはずなのに、それよりも大きな建物がちらほらと視界に映っている。
「…………」
朝食を腹に収めて落ち着きを取り戻そうとするが、家の中は慌しい。
「あんた暇なんでしょ。連れてきた子たちを案内してあげなさいよ」
「わかってるって」
母は早口でいいのこすと、バタンと扉が閉めていった。
相変わらずせわしない。父の方は、朝早くから羊たちを連れていったようだった。
外に出ると、肌を照りつける日差しに目を細める。
歩いて十数歩、幼馴染の家に到着する。
屋敷の屋根を見上げながら、改めてその大きさに感心してしながら玄関をノックする。
オレも王都に帰ったら、こじんまりとした家でも買おうか。あいつの旦那からは、お礼だという言葉と一緒に、渡したはず以上の金額をもらってしまった。
「おーい、フレッサ、あいつら知らないか?」
マホは既に外に出て、シルフィは行き先をつげることなくふらふらと外出していったそうだ。残っているのはリーリャだけで、子守を手伝っているようだった。
このままフレッサ家のお世話になるのはよろしくないということで、手伝いを申し出たらしい。
「リーリャさんはよく気が利いて助かるよ。おかげで大方の家事は済んだ」
「それでは、フレッサさんは勇者様と行ってきてください」
「おいおい、どうしてわたしなんだよ」
「えっ、で、でも……せっかく久しぶり会えたのに……いいんですか?」
「この男の顔なんて見飽きてるよ、ほら行った行った。じゃあ、ヒイロ、よろしく頼んだよ」
幼馴染に送り出され村の中を歩き出す。
久しぶりの歩く村の中に見慣れない建物がちらほらと見えて、過去と現在の違いを確認していった。
リーリャは3年前にも一度この村を訪れている。だがそのときの滞在時間は一時間にも満たない。
再び訪れた彼女の目にはどんな風に映っているのだろう。
隣に立つリーリャを見ると、まだ幼馴染とのやりとりに納得していないようだった。なぜだか、ここに来たからあいつとオレを一緒にいさせようとしている。うーん……。
「そういえば、リーリャのシスター服以外の格好見るのは初めてだな」
「こういう格好は慣れないのでシルフィさんに見立てていただいたのですが、変ではないでしょうか……?」
リーリャは落ち着かない様子で自分の格好を見下ろす。
仰々しさよりも彼女の性格にあわせたひかえめ服装であったが、それでも普段の彼女より解放的であった。節制をよしとするシスターの服に押し込められた金色の髪も、ふわりと自由に風に舞っている。
よく似合っているというと、恥ずかしそうに照れた笑いを浮かべる。
「おっ、ヒイロ。今日は違う女の子連れているんだな」
「おっちゃん、勘弁してくれよ。フレッサと一緒に遊びまわってたのなんて何年前の話だよ」
「そうだったか? それにしても、ずいぶんな美人つれてきたな。さすが都会の子はきれいだ」
道行く人たちの会話。リーリャはどう返せばいいかわからず曖昧な笑みを浮かべている。
通りがかった母が意地の悪い年上の笑い方をしてきた。『もてますなー』といやらしい目をしてきたので追い払った。
「勇者様は人気者ですね」
「みんなからかってるだけだよ。むしろ、おまえの方をみているだけの気がするんだがな」
「私はただのおまけですよ」
リーリャは否定しようとするが、道をあるけば会う人みんなが彼女のことを目で追っている。
そんな中、違う種類の視線を感じた。
視線をたどっていくと、小さな女の子が建物の陰からこちらを見ていた。視線が合うと、人に馴れない野良猫のように逃げていった。
「あの子は?」
「たしか、ノーラだったかな。オレもほとんど知らないんだ」
オレが村にいたころはまだ赤ん坊だったのだから、こちらの顔なんて覚えてないのだろう。
他の子供たちとも一緒にいないようだった。それはフレッサの子供の頃を連想させる。あいつも同じように一人でいることが多い子供だった。
まっすぐ通っていくと村はすぐにとぎれた。一時間もしないうちに見るものもなくなっていた。
「よかったら、丘の方へいってみないか? あそこからが一番よく見える」
坂を上っていくと視界が開けた。眼下に村が一望できた。
目の前に広がるのは見渡す限りの大草原と、背後にそびえる山の連なり。なだらかな起伏の間に村が見えていた。
まっすぐに伸びた道の彼方に、ぼんやりと首都がかすむ景色が目の前にあった。
「広い……ですねぇ……」
草原を通り抜けた風がのびた前髪を揺らす。
遠くで羊の群れを連れている羊飼いを見つけた。相棒の牧羊犬とゆっくり歩く父に大きく手を振ってみせた。
「あんな遠くに、よくわかりましたね」
「慣れればなんとなくね。羊をつれて歩くうちに迷子にならないように、目印もあるから。フレッサのやつは群れからはぐれた羊を見つけるのが上手かったな」
昔のことを思い出しながら風景を眺めていると、マホの姿が見えた。あんなところで何をしているんだ……? 落差が激しい場所や崖もあるから、後で注意しておいたほうがいいだろう。
「……あの、いいんですか。フレッサさんのこと」
「なにがだ?」
そんなことを考えていると、リーリャが気まずそうに声をかけてきた。なんのことかとわからず、そのまま聞き返す。
「やっぱり、いけないと思うんです。フレッサさんは構わないといいましたけど、やっぱり気にしてるんじゃないかって」
「ああ……そうだな……? そろそろ戻るか」
一応、うちの母も手を貸しているらしいが、小さい子は手がかかるというのは孤児院で経験済みである。それは、オレよりもリーリャの方がよくわかっているだろう。
「きっと、あの子もお父さんがいてくれたほうが安心すると思います」
「それなら、大丈夫だよ。あいつの旦那も働きながら子供の面倒もみてるみたいだし」
「え? あの子の父親は……勇者様ではないのですか……?」
「いやいや、そんなわけないだろ!? 正真正銘、あの二人の子供だよ」
「え、だって、だって……。他の女性と一緒でも構わなくて……それどころか他の方との子供も……。それに結婚している……」
「どうしたんだ、リーリャ……?」
色々な感情がうずまき混乱を深めていく彼女に、オレも混乱する。
「それは……ここでは普通のことなのですか……。お風呂も一緒に入ったと聞いたのですが……」
「まあ、そうだけど、なにか変か?」
さらに頭を抱えて深く懊悩の渦にはまり込んでいく。そんな彼女を助けようと、とりあえず『風呂に入ったのは小さい頃だ』と訂正を入れようとする。
しかし、がばっと顔をあげたリーリャが勢いよく指を突きつけてきた。
「世の中、男女の間に惚れた腫れたは世の常でありますが通すべき筋があるはずです!!」
それから道徳と貞節について懇々と説教をうけることになった。なぜだ……。




