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31. たまには故郷に帰るのもいいものだ

 ある日、故郷からの手紙が届いた。

 差出人は母からで、聞いたことがない丁寧な言葉遣いで綴られていた。

 そこに書かれていたのは幼馴染の子供が産まれたという知らせだった。

 

「……そっか。生まれたか」

 

 いろいろあったが、今は純粋に祝いたいという気持ちの方が強かった。

 

 お祝いの返事を出そうとしたところで、途中で手が止まる。

 思い出すのはクルツ神父が残していった言葉だった。

 

―――もしも自分が犠牲になったとき悲しむものがいないのか。そう考えたことはないのか

 

 勇者として旅立つ自分を見送ったときのあいつの顔は、その言葉とかぶさる。

 

「はぁ……、ちょうどいいし帰るか」

 

 手紙だけでというのもそっけないと思い、故郷の村へと足を伸ばすことにした。

 

 

 鈍い駆動音と振動に包まれる客席には4つの人間がいた。

 

 故郷に帰るといったら、シルフィが「ちょうど旅がしたかったところなんだよ」なんていって無理矢理ついてきた。

 ろくに旅人向けの宿泊施設もなく、季節ごとに訪れる行商人は村長の家に泊まってもらっていた。

 泊まる場所の算段をつけておかないといけないと思っていたが、心配要らないから何人でも連れてきて大丈夫と手紙の返事がきた。

 

「あの……、ほんとによろしかったのですか? お邪魔しちゃって」

 

「あー、その、旅の途中で話したよな。いつか故郷を見せるって。おもしろものなんて何もない村だけど、久しぶりの旅もいいだろ」

 

「そうだよー、今度は気楽な旅だから。楽しんでいこう」

 

 リーリャの装いはいつもと違っていて、神官服から街娘らしい格好になっている。その姿は広く知れ渡っているので、無用の混乱を避けるようにという配慮からだった。

 

「だけどさ~、勇者さんにとっては気楽とはいえないかもね」

 

「……そんなわけないだろ」

 

 こいつがわかってて言っているのは、そのにやにや笑いが証明していた。オレが幼馴染に失恋して、それをリーリャに言っていないことを。

 幼馴染への告白は未遂に終わっているので、特に問題はないはず。……ないはずなのだが、なんとなく気まずい。

 

「それにしても、おまえが研究室から出てくるなんて意外だな」

 

 マホにも声をかけると、「わかった」という返事と一緒に馬車も用意すると言ってきた。

 

 マホが『魔導馬車』と呼んでいるこれは、馬が曳いているわけでもないのに勝手に車輪がまわって走っていく。さっきからすれちがう人間がぽかんとした顔をして目で追っている。

 御者台に座るマホは、周囲の反応をまったく気にしていない様子だった。つばの広い帽子を目深にかぶり、道の先だけをまっすぐに見ている。

 

「わたしはこの魔導馬車の実験のためよ。王都から一番離れている田舎なら耐久試験にも丁度いいでしょ」

 

「人の村をさして田舎というな」

 

「羊の数が村人よりも多くて、村人全員が顔見知りなんていうのは田舎の村そのものでしょ」

 

 まったく間違っておらず、反論の余地がなかった。悔しさにまみれていると、シルフィがマホをからかいだした。

 

「んふふっ、なんだかんだ理由をつけて魔法使いちゃんもついてきたかったみたいね~。もう、寂しがり屋さんなんだからぁ」

 

「ちがうわよ。魔導馬車を動かせるのがわたしだけだからよ」

 

 マホがやってることといえば、御者席に設置された宝珠に手をあてて魔力を送っているだけのように見える。

 

「なにか難しい操作があるのか?」

 

「そんなものないわ。試しにやってみる?」

 

「いいのか? それじゃあ」

 

 マホが手を離すと動きが止まり、客席から御者席に移る。マホが体をずらして出来た空間に腰を下ろすと、小柄な彼女の肩が触れた。

 客席よりも見晴らしのよい景色に気分も良くなり、新しい乗り物を動かすということにわくわくしてきた。

 

 手綱の代わりに拳ほどの大きさの球体が二つ設置されている。手を当てると、つるりとした固さの中にさっきまで握っていたマホの手の温もりを感じた。

 

「操作は単純よ。両輪に送る魔力を多くすれば早く進む。魔力の供給を停止すれば馬車も止まる。あとは左右の車輪の回転を変えればカーブも曲がれるようになるけれど、いまはまっすぐ進めばいいから」

 

 なんだかあまりにもマホが気軽そうに、手軽そうにいうので、危険なんてないはずと思ってしまった。

 

 手の平から魔力を送り出すと、車輪が地面を噛む感触と一緒に加速を感じた瞬間―――

 

「ふおォォォ~~~」

 

 口から変な声がでた。

 急激に魔力が吸われている。

 やばい、死ぬ。

 

 慌てて手を離した。

 

「なによ、ほとんど動いてないじゃない」

 

「ふざけるな! あのまま魔力吸われてたら干物になってるだろ!」

 

 すぐにやめたおかげで頭がふらつく程度で済んだ。もうすこしで魔力が吸い尽くされて気を失うところだった。

 

「この魔導馬車の問題点は、魔力から動力への変換効率が少し悪いことね」

 

「……ちょっとってレベルかよ。こいつはたしかにおまえ以外扱えなさそうだな」

 

 こいつの魔力は本当に底なしらしい。

 以前に、魔力がどれぐらいあるのか聞いてみたことがあった。そのときの返事は、王都を一日たらずで焼け野原にしても余裕という物騒な答えだった。

 

「でも、勇者ならできるはずよ。あんた、ちゃんと自分の能力の特性は把握してるの?」

 

「オレはそんな特別な力なんてないぞ。聖剣を持ってない勇者なんて普通の人間と変わらないだろ」

 

 眉をひそめたマホからため息が聞こえた。

 

「……あきれた。理解しているのかと思ってたけど、なんとなくでできていたのね」

 

 聖剣を使うことができる人間、それが勇者という認識だった。だから、聖剣を握っているという意識以外なかった。

 そういうと、あからさまなため息をはかれた。

 

「勇者がそれだけの人間なわけないでしょ。リーリャ、あんたたち教会がどうやって勇者を見つけ出しているか説明してやって」

 

 急に話を振られたリーリャは少し間をおいてから説明を始める。

 

「勇者様を探すには魔力の渦を探せといわれています。その渦の中心を目指し、魔力の流れをたどっていった先にいた人物を勇者と特定しています」

 

「……渦? それって、いまも?」

 

「勇者は魔力の流れの終着点なのよ。その気になれば世界中の魔力を集めることができるはずよ」

 

「……やらないからな」

 

 期待するまなざしで顔を近づけるマホを手で押しやる。

 だけど、ふと冷静に考えた。常にこの体に魔力が入り続けるってことは、そのうち容器が一杯になるはずだ。外から無理矢理魔力を流し込み、破裂させた魔物の姿を思い出す。

 

「オレ、大丈夫なのか……?」

 

「今も問題ないから大丈夫なんでしょ。だいたい、吸い続けてたら世界の魔力が空になるはずじゃない。そうならないってことは、どこからか流れ出しているってことでしょ」

 

「そ、そっか……そうだよな……」

 

 魔力の回復がやたらと早いと言われたことがあったのは、この体質のおかげなのだろう。

 よくよく考えてみれば勇者が聖剣を振り続けても、魔力が底をついたことがない。周囲の魔力を吸収し続けているからなのだろう。

 

「私も訓練によって周囲の魔力を体内に取り込む術を身につけました。しかし、勇者様に比べて微々たるものでしかありません。聖剣を振り続けるほどの魔力を維持するには不足だと言われました。やはり、勇者様のものは唯一無二の力なのでしょう」

 

「……リーリャ、えっとな」

 

 繊細な話題に言葉を探そうとするが思いつかずにいると、マホがめんどくさそうに軽くため息をつく。

 

「なに変な気遣いしてるのよ。勇者は“天然”勇者、リーリャは“人工”勇者として話せばいいだけでしょ」

 

 リーリャは特に気負った様子もない。もう過去のできごととして整理がついているのだろうか……?

 気まずさを誤魔化そうとわしゃわしゃと頭をかいていると、「勇者さんってば、どんかーん」とシルフィからダメ出しをくらった。

 


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