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3. 新しい生活

 いい加減、その日暮らしからの脱出のために仕事を探していた。でも、日雇いの仕事ばかりなのは気楽でいいんだよなぁなんて思っていると、

 

「ローム、待ちなさい!」

 

 往来に声が響いた。何事か、と周囲の視線が集まる。

 男の子が脇を通り抜けていき、つづいて白と紺の神官服の裾をひらめかせながらシスターが追いかけていく。波打つ豊かな金色の髪が目をひいた。

 

「あれ、……リーリャ?」

 

「……勇者様!?」

 

 立ち止まり目を見開くのは、1ヶ月前に別れた僧侶のリーリャだった。

 

「あ、悪い、急いでいるんだよな。手伝うか?」

 

「ありがとうございます。でも、私の仕事なので」

 

 ぺこりと頭を軽く下げると、また走り出す。

 あいかわらず苦労を背負っていそうだった。

 

 

 王都のはずれ。教会の隣に建つ孤児院からは、子供たちのにぎやかな声が漏れていた。

 その中に、神官服の少女を見つけた。

 道行くひとが彼女を見て足を止めている。節制をよしとする教会らしく、その姿は別に着飾っているわけでも艶やかなわけでもない。簡素なシスターの格好は飾り気など皆無だろう。

 だが、それでも目を引いてしまう。

 柔らかい微笑みを浮かべながら子供の相手をする彼女を見た人々は、癒されたように頬を緩めていく。

 

 どうやって声をかけようか迷っていると、向こうから気がついたようだった。ぺこりと会釈をしてくる。

 

「勇者様、おひさしぶりですね。この間は失礼しました」

 

 もう、勇者でもなんでもないのに、呼び方は変わらないようだった。

 

「リーリャも元気そうだな。急に来たけど迷惑じゃなかったか?」

 

「そんなことありませんよ、いつでも歓迎です」

 

 くいと服の裾を引っ張られた。

 視線を向けると、やんちゃそうな顔をした男の子が、じっとこちらを見ている。同じように他の子供も期待のまなざしを向けている。

 

「なあなあ、にいちゃんって勇者なの?」

 

「ちがうちがう、オレはだな……あー、ただのヒマなやつだ」

 

「えー、だってねえちゃんが勇者ってよんでたじゃん。つまんなーい」

 

 一斉に不満の大合唱が始まった。

 つまらない男というのは非常に不名誉な響きである。心外である。

 

「よーし、おまえら大人の男の力を見せ付けてやるよ。まとめてかかってこい」

 

 多数対一人、状況は圧倒的に不利といえる。

 しかし、子供たちの顔には焦りが浮かんでいる。短い手足を不器用に動かす逃げ惑う。抵抗もむなしく、彼らは次々に捕まった。

 

「ふはははっ。どうだ、みたかこれが大人の力だぁ!」

 

 子供相手に本気になり魔力も使い、本気で勝ち誇っている姿がそこにあった。それがオレである。

 

「……勇者様」

 

 リーリャの声に、さきほどまでの勝利の余韻が消えていく。

 

「えっと、その、魔力はちょっとずるかったかなぁ、なんてね」

 

 魔力なしで再び子供たちと勝負することになり、鬼ごっこに混じったり、いろいろと遊んだりするうちに―――

 

「……つかれた」

 

 足を投げ出して、だらしなくソファーに座っていた。昼寝の時間になり、子供たちは並んですやすやと寝息をたてている。

 

「なんでこいつらこんなに動けるんだよ。さっきまで走り回っていたのに、急に寝だすとかバーサーカーかよ」

 

 戦場に立った兵士の中には、初めて目にした魔物を前にして恐怖で身をすくませるもの、狂ったように剣を振るうもの。後者はたいていは魔力切れを起こして、唐突にうごけなくなる困ったやつだった。

 思い出すなぁ……、動けなくなったオレを白い目で見下ろすマホとか、情けない気持ちでリーリャから介抱されたこととか。

 

「そんな言いかたはひどいですよ」

 

 旅の間のことを思い出していると、苦笑しながらリーリャが隣に座った。

 

「でも、この子たちを見るとまぶしく思うことはあります。理由も無く明日がいいものになると信じている」

 

「うらやましいって思うなら、おまえももっとわがまま言えばいいんだよ。それだけのことをしたんだから」

 

 魔王討伐の見返りに彼女が望んだことは、ありふれたものだった。それでも十分すぎると本人はいっている。

 そんなことを考えていると、リーリャが致命の一撃を放ってきた。

 

「でも、よかったのですか? ご家族のところにいなくても。あんなに会いたがっていたのに」

 

「……ま、まあ、両親も村のみんなも無事だったみたいだし、いいかなって」

 

 それならよかったといって微笑む。

 純粋な気持ちでいっているのだろうけど、ぐさぐさと胸に刺さる。

 失恋のことは隠しておこう。彼女に気遣われたら、たぶん泣いちゃうかもしれない。

 

 まずい……、話題を変えよう。

 

「それにしても大変だよな。僧侶はこんなにたくさんの子供の面倒をみるなんて」

 

 並んでいる子供の顔を見ていて、ひとつ気がついた。

 

「そういえば、この前追いかけていた子供はいないみたいだけど、ここの子じゃないのか?」

 

「ロームは私が来る前からここにいた子で、小さな子の面倒も見ているいい子ですよ。今も、院長先生の手伝いをしています」

 

 魔物による災害によって親を失った子供は多い。一人きりで、王都に逃げ込んできたところを保護されて行き着く先がここであった。子供たちの中には、つらい思い出にひきずられているものも少なくはない。

  

 穏やかな顔で寝ている子もいれば、ときおり苦しそうにしている子もいる。

 

 体の傷なら魔法で治せる。

 心の傷はどうやって治せばいいのか、わからない。

 

 リーリャが優しく手を握ると、安心したように顔の強張りを解いて安らかな寝息をたてはじめる。 

  

 子供たちを起こさないように、足音を消して孤児院を後にした。 

 

 

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