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23. 勇者とは使い捨ての道具

 大聖堂、その威容が信徒たちに感慨を与えていたのは遠い昔だった。

 はめ殺しの窓ガラスに無事なものは無く、砕けるかヒビが入っていた。解放感があるはずの内部には空虚感が広がるだけで、この巨大な建築物は牢獄のようであった。

 

「この世には罪と悪があり、主の恩寵によって我々はそれに対抗する。我々の国にも悪の遺産は存在するが、主の子らにはそれらを乗り越える力にある。この国は善である。この国住まうものは善である」

 

 巨大な空間を支える石柱が等間隔に並ぶ先で、神父の声が朗々と響いている。声が止むと、神父が静かにこちらを見た。

 

「ふむ、勇者殿に、あなたは……魔導院のお嬢さんかな。それと軍部の人間か。私としてはもっと大人数できてくれることを期待していたのですが、観客が3人だけとは味気ない」

 

「大司教様自らお出迎えとはご丁寧なこどだな」

 

「自己紹介はいらないようですな。それに、そのように剣気を走らせるものではないですよ。話し合いましょう、あなたがたも話しにきたのでしょう。違いますかな? 用事は何かななどと野暮な聞くことはしませんよ」

 

 周囲を確認する。広い礼拝堂に感じる気配は神父一人だけであったが、まるで油断できなかった。

 

「おしゃべりね。さすがみんなの前でべらべらと無駄話をすることが得意なだけはあるわ。でも、あなたが反省しているように思えない。あんまりイライラさせないでもらえるかしら」

 

「気を悪くさせたなら申し訳ない。あなたも礼拝に一度いらして気を休めるといい。主はどのようなものでも平等に優しく包み込んでくださいますよ」

 

 埒が明かない実のない会話。こういったやりとりを一番に嫌うのはマホであったが、彼女が暴発することなかった。しきりに周囲を観察するように視線をあちこちに向けている。

 

「勇者殿、わからないことがひとつある。あなたはどうして怒っているのですか? リーリャ、あの物をあなたに貸与したのは戦いの道具としてです」

 

「あんたみたいな人間にはわからないさ。あいつは仲間だ。それは今も変わらない」

 

「おもしろい冗談ですな。私は冗談が嫌いではありません。ゆえに愉快な気分になってきましたよ」

 

 声を立てて笑う神父を無言でじっと睨む。笑いを止めると、こちらの視線を読み取るようにじっと目を合わせてきた。

 

「……ああ、なるほど、道具とは長く使えば愛着も湧くものですな。よかった、これですっきりしましたよ。よもや、あれが人などと思っているのではないかと不安に思ってしまいましたよ」

 

 神父は満足気につぶやく。それは一体どういう意味なのか。

 

「あれはね、何人もの子供の犠牲の上につくりあげたものでしてね。なおも罪悪感もなく屍の上に立ち続けている。それは果たして人といえますかな? あれが孤児院で世話をしているところ見ましたが、人間の振りをしているようで実に醜い。血にまみれた汚らわしい手が子供の首を絞めているかもしれませんなぁ」

 

「てめェ……!」

 

 目の前が真っ赤になり打ちかかろうとしたところで、ひやりと何かが差し込まれた。

 

「おや、カンがいいですな。なかなかに戦闘の経験をつんでおられるようだ」

 

 スラリと抜き放たれた剣の切っ先がこちらにむいている。その手に持っているのはまぎれもなく『聖剣』であった。

 

「どうして使えるのかという顔をしていますな。聖剣を使えるのが一人だけとは限らないのですよ。これぞ、たゆまぬ祈りによる恩寵といえましょう」

 

 いい終えないうちに、マホが問答無用で叩き込んだ炎の渦が神父の体を嘗め尽くす。

 

「どうやら本物らしいようね」

 

 炎が断ち割られ火の粉を散らして消えていった。そこには焦げ後ひとつない神父が平然と立っていた。

 

「魔法とはやはり野蛮で無粋ですな。だからこそ、魔導院の連中はあのような狂った研究に手をだした。お嬢さん、あなたもそう思いませんか?」

 

「あんたがそれをいっちゃおしまいでしょ」

 

「健気なまでのその姿勢が悲しいですな。あなたは立派に生きている。自信をもっていい」

 

「……うるさい、黙っていなさい」

 

 神父は聖剣を鞘に収めると、無手のまま無造作にこちらに近づいてくる。

 

「それにしても、動きが直線的なのがいけない。意志のない魔物相手でならそれでもいいですが、なっていませんね。あれにあなたの指導もまかせたはずなのですが、矯正してさしあげましょう」

 

 旅の途中、ただの村人だった自分が剣を振るえるようになったのは僧侶の指導によるものだった。そして、戦いの中で自分の技としてきた。

 しかし、振るう剣はまったく神父にあたらず、まるで子供あつかいである。

 

「勇者殿、息があがっておられるな。休憩してはいかがかな?」

 

「気遣いどうも!」

 

 剣を振るった隙をついて、懐にもぐりこまれた。距離をとろうとするが、神父は既に次の行動に移っていた。

 

「―――っ!?」


 神父のひじさきが胸にめりこみ、衝撃に息を詰まらせる。

 

「急所の一つですよ。手加減しなければ心臓がつぶれていました」


 剣を杖にし、息を整えていく。 

 その間も追撃してくるわけでもなく、胸を押さえるオレを余裕の笑みで待っていた。

 

「……くっそ、本当に80近くのじじいなのかよ」

 

「歳月とはあなたのような若い者にとっては成長となりますが、我々のような年寄りには残酷なものですよ」

 

 オレの戦闘の経験はほとんどが魔物との戦いによるものだった。

 基本的に魔物は人間と『戦っている』という意識はないらしい。原始生物程度の思考しか持ち合わせず、死の恐怖も感じることはなく、その行動は発作的かつ衝動的だった。

 もちろん、攻撃を加えられれば反撃するが、それは生理的反応にすぎない。単調な行動に技や虚実を入れてくることはなかった。

 

「勇者、邪魔よ!」

 

 マホは焦ったように強引に魔法を放つ。しかし、甘い狙いでは神父の身体を捉えることなどできなかった。

 シルフィが援護しようとするが、間にこちらの体を挟むように立ち回ってくる。

 

 その間もまるで稽古をつけるように、こちらの隙を見つけ、時にはその拳によって指摘し続けてくる。

 反撃の機会につながらず防戦一方になると、まるでこちらの攻撃を誘うようにじッと待つ。

 

「勇者と魔王の戦い、はるか昔から続くことに疑問を呈したものがいました。なぜ、神は聖剣を与えてくださったのか。別の者はこう言った。我々は聖剣によって戦う力を得たが、もしかしたら、神がこの戦いを望んでいるのではないかと」

 

 ひらりひらりと最小限の動きで避け続けながら、神父は話を続ける。

 

「あなたは考えたことがありませんか? ―――もしも自分が犠牲になったとき悲しむものがいないのか、と。家族は仕方がないことだと諦め、陰でこっそり泣いていたでしょう。あなたにその罪が背負えますか?」

 

 剣を振る腕が重くなってきた。

 体内の魔力も減ってくる中で、神父の姿をひたすらに追う。

 

「勇者というのは使い捨ての道具なのですよ。であれば、道具は道具らしく簡単に取替えが効くものにしないといけません。そうは思いませんか?」


「それが、リーリャだって言いたいのか! ふざけるな!」

 

 剣を大ぶりすると、神父が大きく距離をとった。

 次の行動に備えるが、神父は虚空を見つめるだけで動こうとしなかった。

 その行動をいぶかしんでいると、いつのまにか空気が重くなっていることに気がついた。

 

「違う……これは……。クルツ、早く結界を解除しなさい!」

 

「あなたがたのおかげで結界内の浮遊魔力が十分にたまりました。感謝しますよ」

 

 その声を合図に空気が震えだした。それは比喩でもなく、建物全体の輪郭がぶれている。

 

「…………!」

 

 背中がぞわりと毛羽立つ。吐き気を催すほど濃密な魔力が辺りを充満していた。

 

 過剰な魔力が凝固し、やがて形を取り出す。

 

 現れたのは巨大な魔物。

 音も無く。風も無く。衝撃も無く。ただ悠然と大聖堂の中央にたたずむ威容が差し込む光に照らされている。

 四肢は細く、たおやかな曲線を描き、緩やかなふくらみを見せる胸部。

 聖廟の中、ひび割れた壁や天井から差し込む光に照らされた静かにたたずむ姿は一枚の宗教画のようであった。その姿を見たものは『女神』という単語を連想してしまうだろう。

 

 しかし、目の前の女神が与えるのは安心ではなく恐怖と絶望。度を越した巨体と重量はただ、そこにいるだけで見るものを圧倒する。

 

「魔法が―――」

 

 マホが注意の言葉を発した瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。

 

「―――来る!」

 

 石柱に身を隠し、さらに魔力による防御壁を展開する。

 轟音が鳴り響き、幾重にも並んでいた礼拝用の長椅子が波状に次々と吹き飛ばされていく。

 横殴りに降る雨のように叩きつけられる衝撃に耐え、傲然とそびえたつ魔物を睨みつける。

 

「おや? ここまでのものを育てた覚えはないのですが、計算を誤ったようですね」

 

 とぼけたつぶやきを残し、神父はすばやく身を翻して瓦礫の間をすり抜けていく。

 

「逃げるのか!」

 

「勇者殿も早々に退避なさるといい。あれの相手はいかなあなたでも手こずるはずだ」

 

 そういって逃げる背中を追おうとするが、目の前の魔物がそれを許さないだろう。

 


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