22. 『勇者』の結末
大聖堂の石を積み重ねた堅牢なつくりは、非常時には魔物から人々を守る砦としての目的もあった。
祈りのための場所には、傷つき助けを求めた人々でいっぱいとなっている。
魔物たちとの戦いを続けていた勇者たち一行は、ひさしぶりの休息に心を落ち着けていた。
「魔王の元にはオレ一人でいく」
勇者から告げられた言葉に、仲間の三人は驚いた顔をする。その内のひとり、神官服に身を包んだクルツが勇者へと詰め寄った。
「どういうつもりだ」
「魔王との決着では聖剣の力をすべて解放するつもりだ。そのときに巻き込まないようにするためだ」
「ふざけるな、おまえは最後まで勝ち逃げするつもりか」
当事、クルツと勇者の二人は教会の双極とよばれていた。二人の才能は神父となるための修行時から飛びぬけていた。周囲からも、二人がどちらが上かということで注目されていた。
クルツも彼を好敵手として常に意識して、優劣を競ってきた。表には出さないが、痛いほどの対抗心を抱えていた。
二人は格別親しい間柄ではなかった。それは二人の間に距離があるというわけではない。むしろ心情的には好意があるのだが、あえて一定以上近づこうとしない。そうすることで心地よい緊張感を保とうとしていた。
しかし、明確に優劣が決められた。それは魔王復活の報が届いたときであった。
教会内に緊張が走り、一挙に慌しくなった。彼らにとって来るべき時がきた。教会に籍を置く神官の使命は二つ、魔物の脅威から人々を守ること、そして勇者の選定。
各々、街の防衛戦力となるもの、聖剣の担い手の探索と別れていった。
その中で神官たちの中に別の動きがあった。
神官たちの中から、聖剣にえらばれるものも現れる。確率は低いが、試す価値はあった。
その日、珍しく勇者がクルツの元を訪れた。
「試すか?」
勇者からの問いに、クルツからの答えは「先にいくといい」というものだった。
教会内では、二人の内どちらが先に司教となるかということを話題になっていた。周囲は思惑はどちらにつけば今後の出世に有利になるかというものになり、二つの陣営ができあがっていた。
「己が先んじるかもしれないが、いいのか?」
「順番は問題ではない。すべては天の意志によるものだ」
そして、聖剣を鞘から引き抜くことができたのは勇者のほうであった。
上下は決した。
勇者となった彼が中心となり、クルツは彼の意思に従う。
そのことにクルツは不満を感じなかった。
むしろ、ほっとしていた。もう無理に競うこともなく、距離をとる必要もない。
「これで揉め事が一つ減るな」
勇者に同行する旅の仲間へとクルツは志願した。
旅の間、お互いの考えを語り合って、落としどころを見つけていくことは楽しいものであった。
勇者との間に感じていた隔たりもなくなり、友情めいた感情が育っていった。
だからこそ、最後まで一緒にこの旅の終わりを迎えたかった。
「一緒にいい世界にしていこう」
必ず戻るといって、勇者は単身魔王の元に向かって言った。
決着は、すぐであった。
巨大な光の柱が立ち上り、周囲一帯をまきこんでいった。勇者の姿を探すが、あとにはただ一本の聖剣が突き立っているのみであった。
そうして、世界に平和が訪れた。
帰還し、魔王討伐の英雄として平穏にひたる街を見た。その目に映るのは、ただの平和で凡庸な景色に過ぎない。
しかし、この風景の中にこそ、勇者が築き上げた理想がある。
ひとびとが安心していける世界をつくりたい、と語り合った。自分とあいつなら完成させ、永遠にできると思っていた。
しかし、その理想は未完成のまま勇者はこの世を去った。
悩み、苦しみ、それでも残されたものの義務として理想を追うことが自分を満たす。理想へ至るまでに置いてきたものも多い。追うことに意味があると信じて前だけを向いた。
理想へ近づくための代金は『英雄』として認識され続けることだった。
しかし、そうすることで離れていったものもいる。
『今のあなたはあなたらしくない』
昔からの知り合いもいなくなっていった。
それでも、求められるままに演じ続けた。英雄として、多くの人に希望を与える道を選んだ。
『英雄』を『クルツ』として見るものはもういない。
自らを目的のための『道具』として扱うようになるに至る。その結果、理想の一端に指が触れることがかなった。
笑って、悩んで、誰もが明日を夢見ている。
しかし、一番にそれを望んだ人間が得ることをできないなど許せるはずがない。
勇者によって世界は救われた。ならば、勇者を救うものはどこにいる。彼のことは過去に変えられ、過去はしだいに忘れ去られる。
あと少しだ。
世界のために勇者が犠牲にならない世界がそこにある。




