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21. あなたを待っていた

 ロームたちを守りながら、残る魔物を切り伏せていく。周囲から脅威を取り除くと、クルツ神父の顔には喜悦が浮かんでいた。

 

「ようこそ、勇者殿。泣かせてくれる展開ではないですか。かつての仲間の窮地に助けにくるなど」

 

 ぱんぱんと手を打ち鳴らす神父を睨みつける。

 

「これはおまえの仕業か?」

 

「とんでもありません。魔物発生を聞きつけて急ぎかけつけたところ、聖女殿が奮戦なさっていたのですよ」

 

 そういって、リーリャのそばに転がっていた聖剣を拾い上げる。その視線は地面に倒れる彼女を一顧だにしない。

 決して良い印象のある相手ではなかったが、この瞬間からはっきりとした敵となった。

 

「……おまえ、何をした」

 

「あなたには関係のないことですよ。用も済みましたし、これで退散させていただきます」

 

「本当にふざけたやつだな!」

 

 神父を追いかけようとしたが、ロームの声でリーリャの状態を思い出す。

 

「ねえちゃん、おい、しっかりしろよ!」

 

 地面に力なく横たわる彼女に泣きそうな顔ですがりついている。わずかに息をする彼女を担ぎ上げて、治療院へと向かった。

 

 

 清潔な白いカーテンがゆれる病室。壁にもたれかかりながら、ベッドで眠る彼女を見下ろす。

 

「大きなケガはありませんでしたが、魔力欠乏の症状が著しいです。回復するまで絶対安静にしてください」

 

 医者に言われた言葉だった。かなり危ない状態だったらしい。その体にもつ魔力がほとんど空であり、それが底をついてしまえば死に至る。

 通常であれば、そうなる前に気を失うのにと医者も驚いていた。不幸中の幸いか、打ち身や擦り傷以上の外傷の類はないそうだ。

 

 眠っている僧侶は何日も絶食したかのようにやつれ、青白い頬には生気が感じられなかった。その状況だけで、何か取り返しのつかないことが起きようとしていたのは明らかだった。


 その原因。それはただ一人。

 

「ちょっと、いってくるからな」

 

 眠りを邪魔しないように病室の扉を静かに閉める。進もうとした先、廊下で待っているものがいた。

 

「どうしたんだい? まるで魔王に挑みに行くみたいな顔して」

 

「そんなに情けない顔してたか?」

 

「むしろすごく怖い顔してたよ。理由は、まあ、なんとなくわかるけどね」

 

「理由ってなんだよ……」

 

「キミは理由無く戦える人間じゃないからね。その理由は誰かのため、今回は僧侶ちゃんのためかな」

 

「おまえは何でも知ってるな。ついでにあいつの居場所も教えてくれよ」

 

 シルフィは微苦笑を浮かべる。いつもの飄々とした態度は、ともすれば他人を突き放しているように見える。

 

「そんな目で睨まないでくれないかな。いま、行かれるとまずいんだよ」

 

 そういって、両手を広げてとおせんぼする。

 

「何のつもりだ?」

 

「気が早い上に間違いだと言っておく。わたしは王国からの命令で、クルツ神父のことを探っていた。今の教会はややこしいことになっててね、僧侶ちゃんは教会内の派閥争いにまきこまれたのさ。王国側も教会内の動きにかなりぴりぴりしている」

 

「おまえは……?」

 

「あれ、気づいてなかったの? わたしは王国軍治安部の兵士だよ。旅の間は、王国への報告と連絡をしていたのさ。勇者の動向を知らせる人間がいないと困るだろう?」

 

 なんとなく思い当たる節はある。どおりで、旅から帰還した時点で魔王討伐が国中に知れ渡っていたわけだ。

 

「教会のごたごたも面倒ではあったけれど、クルツ神父は国の英雄だ。慎重に動く必要があったんだ。だけど、それもなんとかなりそうなんだ。もう少し待っていてくれないかな……?」

 

 むしろ計画の邪魔をしないでほしいということなのだろう。だけど、気になることがあった。

 

「リーリャの立場はどうなる……」

 

「きっと脅されて協力させられていたんだろうけど、クルツ神父がやったことに加担してしまっているからね。わたしからも担当者に掛け合ってみるけれど、難しいところだよ」

 

「……そうか」

 

 体温がすっと冷えていく感覚。それは脱力感というより虚無感に近い。

 肩にのしかかる憂鬱を振り払えないままリーリャが眠る病室に戻る。扉越しに部屋の中から声が聞こえた。

 

「―――リーリャ、あんたは大バカよ。あんたを守りたがっていた人間がいるのに、信じてやらずにあそこから出て行ったんだから」

 

 扉を開くと、小柄な背中が見えた。リーリャを見下ろすマホの眉間には強く皺が寄せられている。


「マホ? 来てたのか」

 

「この子も無茶をするわね。勇者でもないのに聖剣を振るなんて」


 白い額に当てていた手をそっとはずす。心なしかリーリャの頬に血の色が通い、状態がよくなっているように見えた。

 

「じゃあ。いくわよ」

 

「……なんだよ。今は研究の手伝いならほかを当たってくれ」

 

「ちがうわよ、クルツっていう神父のところよ」

 

「ちょっ、魔法使いちゃん、待ってよ。まだ準備してるところで、もう少しで根回しも終わるところなんだから」

 

「もうほとんど黒に近い灰色なんでしょ。そんなものあんたたちなら真っ黒に塗りつぶせるはずよ。緊急事態よ、緊急事態」

 

 この口ぶりからすると、マホは以前からシルフィの正体を知っていたのだろう。しかし、そんな疑問を口にする暇などなく、物事はマホによって強引に進められていく。

 

「あっさりいってくれるけど、色々あるんだよ」

 

「待たないし待ちたくない。教会に聖剣をもっていかれたせいでずいぶんと計画が遅れているんだから。ほら、さっさとあいつの根城に案内しなさい。拒否するなら、教会を一個ずつ潰してでも探しに行くわよ」

 

「あー、そうだったね。キミは一度決めた計画は絶対に変えない世界の住人だったね」

 

 こちらの意見などおかまいなしに、部屋の扉に手をかけてずんずんと進んでいく。遠ざかる背中にシルフィが諦めのため息をつく。

 

「うちの上司のねちっこさったら王都でも指折りでね。何かあると、楽しそうに箱一杯の書類持ってきてわたしの前に積むんだから。勇者さん、代わりにやってくれませんか?」

 

「公僕は大変だな。無職ばんざいだ」

 

 マホという人間は無駄を好まない。彼女にとって足を止めて時間の浪費をすることは罪である。重い気持ちにひたるヒマなんてなさそうだった。

 

 


 やつの居場所を知るシルフィが前を進む。その足は門を抜けて、街の外に向かっていた。

 

「クルツ神父だけどよ、どうしてそんなに罪状があっさり決まったんだ? あいつは国の英雄なんだろ、しかも教会の幹部ときてる」

 

「彼には魔王容疑がかけられていて、さすがに教会側もこちらに協力せざる得なかったわけさ」

 

「さっきもいっていたけど魔王容疑ってなんだよ……? まさか、あいつが」

 

 思い出すのはマホの言葉―――『もうすぐ、魔王が復活する』

 

「ちがうちがう、国家反逆罪に並ぶこの国で最も重い罪の一つさ。彼は王都周辺を流れる魔力をいじったんだ」


「それって、そんなにひどいことなのか……?」


 シルフィの言葉にピンとこずに首を傾げてしまう。魔力なんてものは日常的に使われているものだったから。


「教会においても禁忌とされてる行為の一つだよ。世界を流れる魔力を操作することってのは、神様だけに許されたことだからね」

 

 魔力とはあらゆる生命に影響をおよぼすといわれている。魔力が薄い場所では生命は育ちにくく、逆に濃すぎても毒となる。人が住む村や街は、漂う魔力が穏やかな場所を選んでいるそうだ。

 

「わたしたちに許されているのは個人のもつ魔力を消費することだけだよ。でも、彼は世界に干渉して自然には発生し得ない澱みを生み出した。たまりにたまった魔力はやがて形を成して―――」

 

 『魔物が生まれる』と抑えた声でつぶやいた。


「……それ、ほんとうなのか? そんなこと聞いたことがない」


「誰にもいっちゃだめだよ。国家機密レベルの話だからね」


 現在の王都の混乱は、ありえないはずの魔物の発生への恐怖に起因している。『魔物は魔王から生み出されるもの』という常識がまだ歯止めをかけている。そうでないと知ったとき……、想像すると身震いした。


「……あいつはなんだってこんなことを」


「彼は目的のために手段を選ばない強引さを持っている。あるいは、目的が手段を正当化すると考えいるともいえる。達成のためならば、常識や道徳などの社会通念を脇にのけられる人間なんだろうね」

 

 魔物を生み出すことができるのは、魔王の存在だけのはずであった。それを人自らがその手で行う。それこそが『魔王容疑』。

 

「王都のいくつかの場所で不自然に魔力が濃い場所があったのよ。それであいつのやったことがわかった。それと、今向かっている場所からも同じ傾向がでているわ」


 マホの言葉の先に意味するのは―――魔物の存在であった。

 


 深い深い森の奥、道だったはずの跡は茂った下草におおわれている。そこには、人が通ったと思しき痕跡が残っていた。

 木々に覆われた薄暗さの中、唐突に視界が開けた。


「ここは……」


 朽ちかけた建造物が姿を現す。太い幹の古木が並ぶ森の中でさえ、その威圧感は見るものを圧倒する。


 分厚い木々の連なりに隠されたそこはまさしく過去の遺物であった。


「ここは『大聖堂』って呼ばれてた宗教建築のひとつだよ」


 教会の七大聖堂の一つに数えられ、信仰の要として評されてきた大伽藍。千を超える信徒を余裕を持って収容することができる造りになっている巨大な建築物であったそうだ。

 個人の力では決して造り得ぬ規模の大建築は、その権威を見るものに示す。

 

 しかし、現在はそこにあるべき営みが失われ、人々から忘れられた時代の残骸でしかなかった。


「……奥には気配がひとつ……おそらくクルツ神父だ」

 

 警戒しながら傾いた扉の隙間をくぐると、そこには―――

 

「ようこそ、勇者殿」


 クルツ神父の姿がそこにあった。 

 その表情は、まるで十年来の友人を出迎えるような嬉しそうなものだった。


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