15. 聖剣を握る者
今日の仕事に向かう途中、見慣れぬ道を歩いていた。繁華街の端をかすめる位置で、そこからさらにまっすぐ抜ければ王都の門へと半時間とかからずたどり着く。
道に迷わないように自分の位置を確認しながら歩いていると、見覚えのある背中を見つけた。
「……なにしてるんだ?」
壁にはりつくように身を隠していた背中がびくりと震える。
振り向いたのはロームだった。孤児院の中でも年長で、子供たちの兄貴分として面倒を見ている。以前は一人で孤児院を抜け出したりとなにかと問題を起こしたりもしたが、最近はおとなしくしていた。
こちらの顔をみるとほっと安心した顔をした後、あわてて口元に人差し指を当てる。
「さっさとあっちいってくれよ」
「また、孤児院から抜け出したのか」
リーリャのやつが心配しているだろうな、といいかけたところで道の先に当人の姿を見つけた。
ロームがうるさそうに手で追い払おうとする様子から、なんとなく状況を察する。なるほど、よし―――
「おーい、リーリャ……」
「やめろって、わかったから!」
呼びかけようと大きく手を上げたところで、あわてて口を塞ごうとつかんでくる。
リーリャが首をかしげて周囲を見回している様子を、建物の陰からのぞいていた。
「……最近、ねえちゃんの様子がおかしいんだ。夜中に出かけるようにもなって、朝帰ってきたときにどこにいってたのかって聞いても教えてくれないし。もう孤児院にいることもほとんどなくなったんだ」
「教会のお偉いさんが王都にきてるらしいんだよ。そのせいじゃないのか?」
「それならいいけどさ……」
このままどこかにいってしまいそうだと、ロームは心配を口にする。
最近ではシスター達が子供たちの面倒をみているばかりで、彼女の姿を見ることもめっきり減っているそうだ。
周囲に気をつかうことにリーリャは過剰ともよべるぐらいだというのに、こうして心配をかけている。それは彼女らしくないと思えた。
この前は強く聞くことができなかった。やっぱり、きちんと聞くべきだとリーリャに声をかけようとしたところで―――
鐘が一つ大きくなった。
「あっ………、やば」
仕事に向かっていたことを思い出す。
「にいちゃん、時間ないのにわざわざからかいにくるとか、アホだろ?」
言い返せないことを悔しく思いながら、さっさとかけだした。
仕事の帰り道。等間隔に設置された魔力灯の青い光が夜を丸く切り取っている。
仕事が長引きこんな時間になってしまった。雇い主は申し訳なさそうに、多めに給金を包んでくれた。
「すまないね、こんな時間まで。最近、物騒な噂も出てるから帰り道は気をつけるんだよ」
忠告に素直に従ったわけではないけれど、さっさと宿に帰って寝ようと夜道を急いでいた。
「…………」
しかし、急に歩みが遅くなる。あまつさえ、足を止めたのは自分でも理由はわからなかった。何か予感めいたものを感じながら、大通りからはずれた路地裏の暗がりにじっと目をむける。
夜道に警戒するものといえば、物盗りや野良犬ぐらいだろう。なんにせよ、ここにとどまる理由なんてないはずであった。
闇の中で何かが動いた。
「……またかよ」
手足の長さがばらばらのひどくバランスの悪そうな人型が、街灯に照らされて石畳に影を落としている。
魔物だった。しかし、二度目ともなると驚きも薄くなる。
向こうはまだこちらに気がついていないようだった。
こんな時間だ、人通りもないし衛兵たちを呼んでくる時間は十分にあるだろう。
しかし―――
「え…………?」
ひどく間の抜けた声が自分の口から漏れた。魔物があっさりと地面に倒れこんだからである。
よく見ると、片足の長さが半分も残っていない。
そうして倒れこんだ魔物に向けて、剣を下げて近づく人影が見えた。
暗がりの中で人相ははっきりとわからないが、その手に握る剣は闇夜の中でもくもりのない輝きを放っていた。
倒れた魔物の胴へ剣の切っ先が突き入れられた。
ただ、それだけで魔物は動きをとめて、塵となり夜の空気へとかえっていった。
魔物の死亡条件は一つ、体の五割以上が破壊され失われることである。多人数で囲んで体を刻むか、派手な魔法で吹き飛ばすというのが魔物との戦い方のセオリーである。
唯一の例外が“聖剣”であった。その刃で一突きするだけで魔物は霧散する。しかし、それを扱える人間はただ一人に限られているはずであった。
「……なあ、あんた」
まさかと思いながら近づこうとしたところで、その姿が闇夜に溶けていく。
消えた……?
ちがう。透明化の魔法を使ってその姿を隠したのだろう。
違法なことに手をだす者が愛用する魔法の一つに、視界を誤魔化すものがあると聞いている。
肉眼で捕らえることはできなくなるが、手をのばせば触れることができる。しかし、動けば足音をたててしまう。人間相手には誤魔化すのには十分であるが、魔力に敏感に反応する魔物相手には用をなさない。
そうなると、見られることを避けたかった何かの理由があったのだろう。
表もあれば裏もある王都において珍しいことではないが、やはり気になるのはその手に握っていた剣であった。
あれは、見間違えるはずもない。
数年間、握り続けていたから断言できる。
―――『聖剣』だった。
そして、それを扱えるのは『勇者』だけのはずであった。
 




