14. 大司教クルツ
日が落ちはじめた街中は、家に帰るもの、これから仲間たちと共に夜を楽しもうとするもの、手をつないで夜の街に繰り出そうとするもの。三者三様の過ごし方をしている。
酒場の中でとある人物を探していた。その姿はいつもの席にすぐに見つかった。
「シ~ル~フィ~、やってくれたなぁ」
「どうしたんだい? わたしのせいみたいにいわれても困るなぁ」
ロームが木剣を素振りすることはなくなったが、代わりに見せてきたのは南京錠だった。得意顔で錠前はずしが成功したことを自慢するロームに、頬をひきつらせるしかなかった。
「いやぁ、ロームくんは飲み込みが早くていいね。教えていて楽しいよ」
「ほかにも変なこと教えてるんじゃないだろうな」
「ん~と、この前は錠前のはずし方を教えて、あとは追っかけてくるやつを上手くまく方法とかかな」
「……それは、どんなときにつかうものなんだ。後ろめたいことじゃないだろうな」
半眼で睨みつけながら聞いてみると「悪漢にさらわれて閉じ込められたとき」、そんな答えが返ってきた。
「勇者さんもいつのまにか頭の固い大人になってしまったんだね。ロームくんは変な先入観がなくて、誰かとちがって素直でいい生徒だね」
こらえきれないようににやにやと口の端に笑みをうかべる。完全に悪役顔だ。なんだかんだで素直なあいつが、こいつ色に染められないか心配になってきた。
「だけどさ、口調のわりにあまり怒っていないようだね。ここに来る途中何かあったのかな? わたしとしてはさ、もっとうきうきして楽しい反応をしてくれるって期待してたんだよ」
「頭びきびきの間違いだろ。ただ……まあ……途中で変なヤツにあったせいで気がそがれた」
“不吉”という言葉がよく似合う男だった。そこにいるだけで、周囲の人間を不安な気持ちにさせる。男の特徴を並べていくと、シルフィはなるほどなるほどと相槌を打つ。
「勇者さん、キミには言葉にして伝えないとわからないようだからね……」
もったいぶるように、言葉を切る。
彼女の視線は、テーブルの上の料理に向かっている。
「柔らかいもも肉も好きではあるが、一番好きなのは歯ごたえのあるささみ肉なんだ。先々のことを考えて恩を売っておいたほうが、キミにとってもいいんじゃないかな?」
「あー、わかったわかった。おごってやるから、その代わりに知ってることを話せ」
料理の皿がやってくると嬉しそうに口に運んでいく。
「彼はクルツ神父。教会の大司教でけっこうな有名人だよ」
大司教とは教会管理区の統治権を持ち、聖職者であるが一種の貴族的地位であると聞く。教区を管理する司教を束ねる地位にあり、傘下のシスターや神父に命令を下すことができる。
あのいかれた人間を幹部にするなんて、教会は大丈夫なのかと心配になる。
「この名前でもっと知られているのは、前魔王を倒した勇者の仲間の一人ってことかな。若い勇者さんにはあんまり馴染みがないだろうけれど、いまでも彼の名前を聞くと反応するひとは多いよ」
「その功績で大出世ってわけか」
魔王を倒した英雄という冠はたいそう立派にみえるのだろう。それをのせている頭からは、100本ぐらい大事なネジが落っこちている。
「いやいや、人格者として慕われているらしいよ。教会だってただの広告塔として重要な地位にするほど、半端な組織じゃないよ。先だっての魔物との戦いでも、みんなの陣頭に立って指揮をする姿に励まされた人も多いはずだ」
「勇者っていう称号はそいつにこそふさわしそうだな」
聞けば聞くほど、自分がおかしいのではないかと思えてくる。よほど渋い顔をしていたのか、盗賊がおかしそうに笑っている。
「心配かい……? 過去の英雄が、後進の様子を見にきたといったところじゃないかな」
気軽な調子でいうが、どうしてもあいつに当てはめることは難しそうだった。
教会という組織についてオレが語れることは一般的なことばかりだ。広く人々に信仰され、教会の手が及んでいない村はない。乱暴に言ってしまえば、王国という土地の中にもう一つの国があるともいえる。
とはいっても、彼らは権威をふりかざすわけではなく人々の生活の支えとなっている。孤児院もそのうちのひとつである。
孤児院を訪ねると、いつもどおりリーリャが子供たちの面倒をみていた。
その姿は普段どおりに過ごしているように見える。だけど、子供たちに話しかけられても反応がおくれたりと、どこか上の空だった。
「リーリャ、おい、リーリャってば」
「え? あ、はい、なんでしょうか」
なんだろう、本当になんなのだろうか。
慌てて取り繕う彼女を揺さぶってみることにした。
「あのさ……、リーリャのところに、クルツっていう神父がこなかったか?」
彼女の表情に違和感はない。いや、元から感じているせいで、そう思うのかもしれない。
彼女が大口を開けて笑ったり、激しい感情を吐き出しているところを見たことがない。そんな彼女が見せる初めての表情だった。
「なぁ、リーリャ、困ったこととか悩みとかないか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。みんないい子ですし、ロームも手伝ってくれています」
いつもの微笑みは、どこか取り繕っているように見える。話すつもりはなさそうだった。薄幕のように張られた拒絶の意志が踏み込みこませようとしない。
「無理に悩みを話せとはいわないけど、今、この街にはシルフィもマホもいる。仲間に囲まれた環境にいるのは何かの縁なんだと思う。だからさ、うまくいえないけど、きっと上手くいくと思う」
「……ありがとうございます。私、もっと強くならないといけませんね。じゃないと、みんなに怒られちゃいますから。もう、大丈夫です。頑張る元気をもらいましたから」
そういってリーリャはいつもどおりに笑ってみせた。
近くにいるのに遠くに感じる。放っておけば、そのままどこかへ行ってしまいそうだった。
 




