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13. 三人の師匠と弟子

「―――なにやってんだ?」

 

 場所は、孤児院の庭。割と殺風景で芝生が広がっているだけである。それなりの面積があり、子供たちが駆け回って遊べる。

 

 頭にバケツをかぶり、左手に鍋の蓋、右手にほうきをもって子供たちがチャンバラをしている。

 

「いたずらしてると、シスターたちに怒られるぞ」

 

「ちがうよー、剣のけいこだよ」

 

 口をとがらせながら舌足らずな声で抗議する男の子から、視線をロームに向ける。自分で作ったのか剣の形にけずった木の棒をぶんぶんと振っている。


 子供たちの遊びは近くの人を真似るという。

 

「で、おまえはなにやってるんだ」

 

「にいちゃんが頼んでも教えてくれないからだろ」

 

 この前のことで何かを感じたのか、ロームから剣を教えてくれと頼まれた。

 

「おまえは兵士にでもなりたいのか?」

 

「そうじゃないけど……、いざってとき戦えたほうがいいだろ」

 

「そのときは、おまえの自慢の足で逃げればいいだろ」

 

「足の遅いチビもいるんだから、そんなわけにもいかないだろ。にいちゃんだって、あのとき逃げなかったのはなんでだよ」

 

 ああいえばこういう、誤魔化して丸め込むのは難しそうだった。

 下手に自信をつけられても困る。怖ければ逃げればいい。怖いという感情を大事にしろと教わった。

 

「やあやあ、勇者さんもきてんだね」

 

 どうしたものかと考えていると、声をかけてきたのはシルフィだった。

 

「あ、シルフィねえちゃん。聞いてくれよ、にいちゃんがちっとも教えてくれないんだ」

 

「勇者さんはあれですか、『弟子はとらない!』なんていっちゃうわけだね」

 

 大仰な仕草で芝居がかった声をだすシルフィに、ため息を吐く。


「オレが師匠なんて……ガラじゃないだろ……」

 

 ただの村人だった人間が戦いの仕方など知っているわけがない。旅をしながら、魔物を相手に実地訓練をつんでいった。

 旅の間のやりとりを思い出すと、苦い物が口に広がる。あれは教え込むというよりも、もはや人体改造に近かった。

 魔力操作は魔法使いのマホから、周囲への警戒や旅における細かなことをシルフィから教わっていった。そうして、仲間たち三人を手本に勇者という土台ができあがっていった。

 

「ロームくん、剣を教えてもらうなら勇者さんよりも僧侶ちゃんのほうがいいかもね。なんていっても、彼女が剣の師匠だから」

 

「は? え、うそだろ?」

 

「……ほんとだよ。あいつは強いぞ。稽古でもリーリャから一本もとったことないからな。だけど、あいつに教わるのはよしたほうがいい」


「どうして……?」

 

 彼女は決して厳しい言葉や怒鳴り声などをあげたことはなかった。表情を変えないまま、悪いところを指摘し続けた。


 バランスを保ち続け、相手のバランスを崩す。

 つま先でためた力を、膝をゆるめて拳先で爆発させる。

 その全てをイヤになるまで何度も何度も繰り返す。

 体の持つ自己防衛の力を呼び起こす。体自身が『このさきはオレにまかせろ』と言ってくるまで。

 じっと動かず、落ち着いて考える。そうすれば、相手は動きも見えてくる。

 

 そんなことを繰り返し、悪い癖は頭ではなく骨が忘れるまで叩きなおされた。

 

「……それ、ほんと?」


「もちろんだ。それでもリーリャに頼んでみるか?」


 無言で考え込むロームは、少し考えてみることにしたようだった。

 

 

 

 孤児院を出ると、どこかで見た男の姿があった。

 教会から出てきたところらしく、むこうもこちらに気がついた。

 

「おや、あなたは以前に道を聞きましたね」

 

「そんなこともあったかな」

 

「髪の美しい女性は、今日は一緒ではないのですね」

 

「いつも一緒にいるわけじゃない」

 

 こちらを探る男の視線が不愉快だった。

 

「この街は本当に平和ですな。あくびがでるほどに緊張感がない」

 

「いいことだろう」

 

「昨日雑談した隣人が突然切りかかってくるなんて想像したこともないのでしょうな」

 

 男は皮肉げな笑みを口の端に浮かべながら、こちらを試すように見ている。

 

「物騒なやつだな。なにがいいたい?」

 

「簡単なことですよ。平和に堕落した人間など生きる価値がない。私はね、醜いものが大嫌いなんですよ。壊したくなるじゃないですか。そうは思いませんか、勇者殿」

 

「……ちっとも」

 

「そう怖い顔はしないでください。軽い冗談ですよ。魔王を倒した英雄である勇者殿とただ話がしてみたかっただけです」

 

 こちらの目をのぞきこむようにしている。

 それはひどく居心地の悪い視線だった。こちらの裏側まで観察しようとする、そんな種類の気味の悪さ。

 

「オレに何か用があるなら、早く言ってくれ」

 

「もちろん、目的も理由もありますが、あなたに教える義理はありません。近いうちにわかると思いますよ」

 

「だったら、今の内に手を打ってもいいよな」

 

 そろそろ冷静さを保つのが限界になってきたところで、男がやんわりと手を前に出してきた。

 

「それはやめておきましょう。せっかくの劇の観客があなた一人だけではもったいない」

 

 去っていく男の背中は隙だらけに見える。しかし、何をするかわからないという不気味さがあった。

 

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