12. 不吉な背中
よく晴れた日、風も気持ちいい。
孤児院での必要なものをリーリャといっしょに買出しにきていた。
今日、マホは重要な会議があるとかで連行される心配もない。心は空と同じように晴れやかであった。
それなりの量がつまった紙袋を両腕に一つずつ抱えていると、リーリャがすまなそうにこちらを見ている。
「リーリャはいつもこんな量を一人で買ってたのか。大変だな」
そんなことないと謙遜するが、オレがもつ荷物を見てまた慌てる。
「ああっ、いえ、勇者様に持たせてしまっているのに……。えっと、大変です。すごく大変なので、とても助かります」
慌てて言いつくろう彼女を見て思わず噴きだすと、何がおかしいのかわからないといった感じで首をかしげている。
初めて会った時の彼女はもっと冷たい印象だった。魔王討伐という使命を第一にしているような少女だった。
ある日、兵士たちと一緒に村にやってきたのが彼女だった。そして、彼女の口から勇者だと告げられた。
自分は本当にただの村人だった。魔王が現れたときいたとき村の安全ばかりを考えていた。
わけもわからないまま純白の鞘に収められた古びた剣を渡される。妙に手に馴染む柄をにぎり引き抜いた瞬間、運命は変わった。
ぼんやりと思い返していると、いつのまにか隣からリーリャの姿が消えていた。
振り向くと、彼女は一人の老人の相手をしていた。
どうやら道を聞かれたらしいが、耳が遠いらしく何度も説明を繰り返している。
「じいさん、ほらあっちだ、あっち」
老人は指差した方向をぼんやりとした顔で向いている。面倒だからこのまま放っておこうとしたが、リーリャはまだ気にかけているようだった。
結局、彼女が老人につきあって道案内にいくことになった。
「すいません、荷物までお願いしてしまって」
「あー、いいよ。先に帰ってるからな」
人がいいというか、彼女は断るということをあまりできない。
すまなそうに謝るリーリャと分かれて、孤児院に戻る道で声をかけられた。
「そこの方、少々道を尋ねたいのだがいいだろうか?」
道を聞くのが流行っているのだろうか?
声をかけてきたのは神父だった。神官服に身を包み頭髪をきれいに撫で付けた男だった。老齢なのだろうが、白髪のまじっていない黒髪のせいで若く見える。
「教会ならオレも向かうところだ。一緒に来るか?」
「ありがたい、ぜひお願いします」
隣を歩く男の気配に奇妙なものを感じた。自然に歩いているようだが、足元からほとんど音が聞こえてこない。
「この街はとても美しいですな」
「ああ、まあ、いい街だと思うよ」
「道行く人も美しい。特にさきほどまであなたと一緒にいた女性、うわさに聞く聖女様のようだ」
警戒気味に神父を見る。リーリャのことを聖女とよんで、なにかと話しかけてくる人間はたいてい面倒な手合いだったから。
「他人の空似だろ。彼女はただのシスターだ」
「おや、そうでしたか。王都に勇者様ご一行が住んでいるという噂を聞いたものでしてね。いやはや、英雄である聖女様が孤児院の小間使いをするなど、誰にでもできるようなことをしているなどありますまい」
表情をかえないまま、言葉に毒をたっぷりと塗りたくっている。
これをリーリャが聞いたら、気にするなと言っても彼女はどうしても考えてしまうだろう。
戦いの場から引退した彼女が孤児院を手伝いたいと言ったところ、教会内でも問題となったらしい。周囲の期待を裏切る形で、自身の願いを押し通して孤児院で働いている。
リーリャにとって、ようやくつかんだ自分の居場所だ。この時間を大切にしてほしい。
「案内ありがとうございました。おかげで助かりましたよ。それでは、あなたにも神のご加護がありますように」
こちらのいらだちをそしらぬ様子で慇懃に礼をする。教会に向かっていく背中を睨みつけるので精一杯だった。
 




