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11. 呪いの剣

 いつまでつづくんだろうな……。

 ふと、そんなことを思う。

 以前は考えなかったことだ。明日という日は今日の延長でしかなく、魔王を倒すという目的だけを目指してきた。

 だが、それでも時間は流れ続ける。

 

 その日の仕事は単純な仕分け作業だった。

 そんな中、おばちゃんたちはおしゃべりしながら、手が別の生物のように動いている。

 

「結婚してるの?」


 いい人がいたらね。


「若いんだからもっと出会いを探さないと!」


 日雇い仕事ばっかりなもんで、へへへっ。

 

 頭を飛び越えてはさんでぽんぽんと会話が続いていく。

 

 休憩中ぐったりしていると、ふと視線を感じた。

 顔をあげると、見覚えのある女性がぺこりと頭を下げた。赤ん坊騒動で助けた女性だった。


「あんたは……えっと……」


「アリシアです。この前はお世話になりました」


 今は作業服姿だったが、着ているというよりも着られているといった感じだった。


「最近、働き始めたんです」


 こちらの視線に気がついたのか、照れたように自分の格好を見下ろす。

 

「貧乏が悪いんじゃなくて、自分が悪いんだって気づけたんです。あの子のためにも続けようと思います」

 

 表情がこの前よりましなものになっていた。労働ってすばらしいね。仲間が増えたようでうれしくなってきた。

 

「あの、勇者様はどうしてこんな場所で……。あっ、いえ、変な意味じゃないのですが。もしかして、ここでなにかあるのですか?」

 

 何か期待するようなまなざしを向けてきている。けっこう夢見がちな人なのかもしれない。

 でも、なにもないから、ただの無職だからね。

 

「勇者は廃業した。今は無職だ」

 

「そうなんですか、大変ですね」

 

 分かっているのかよくわからない微笑みをおっとりと浮かべている。なんというか、どこかふわふわして浮世場慣れした印象を受ける女性だった。

 白い肌、細い指先、作業用にまとめた長い髪をほどけば、その姿を構成する要素はどれも繊細であった。

 どこか育ちのよさそうな雰囲気もあり、裕福な家庭で育ったのかもしれない。

 

「あの……もしも、この後お時間あるようなら我が家にいらしてくださいませんか。勇者様のことを聞いて、うちの父がぜひにと」

 

 無職に予定なんてあるわけもなく、仕事が終わった解放感に浸りながら彼女の案内でついていった。

 

 今の王都は以前はただの一都市であった。魔物の被害が著しい旧王都から移ってきて、こちらに居を構えたのが数十年前。

 現在進行形で拡張が進み、真新しさを誇示する建物が並ぶ地域を新市街と呼ぶ。

 今歩いている場所は旧市街と呼ばれ、古くから続く家が並んでいる。長年の風雨にさらされて、歴史を感じさせる色あせた煉瓦の壁が延々と並んでいる光景は見ていて飽きない。

 

 この街に住み始めて一ヶ月、この大都市でいまだ見知らぬ場所は多い。

 村での生活から価値観が一変する……とまでは行かないけれど、大きく修正を加えるぐらいのものを王都で体験した。

 

「こちらが我が家です」

 

「……でかい」

 

 高い屋根を見上げながら思うことは、なんでこんな屋敷に住む人間が金に困っているのかということ。

 

「おお、あなたが勇者殿ですか。ようこそおいでくささいました」

 

 分厚い玄関扉をくぐると広いホールで屋敷の主人が笑顔で出迎えてきた。彼がアリシアの父親らしい。

 髪にはしっかり櫛が入り整えられ、目鼻立ちもくっきりしていて整っている。その身なりも屋敷にふさわしいものであり、金持ち特有の嫌味もなく自然に着こなしている。

 目だった特徴はないが、その振る舞いに落ち着きと品を感じさせる。

 

 応接間に通されると、ソファーが柔らかく体を受け止める。どこまでも沈みこんでいきそうな感触が心地よい。

 

「申し訳ありません。お忙しいところをおいでいただいて」

 

 恐縮しながら、主人自らがお茶の準備をしていく。しかし、高価なカップの中に入っているのはただの水であった。

 よく見ると、調度品が置かれていたであろう跡が、壁の日焼け跡や棚の上に残っていた。部屋の中も殺風景である。

 

「あっと……失礼だろうけど、お仕事はなにを?」

 

「一応、これでも商会の頭取をしています。古いだけがとりえの小さいところです。父から継いだのですが、才能がなかったのか少々手詰まりになっていましてね。お恥ずかしい話です」

 

 はははっと、笑ってみせるが力がこもっておらず空しく部屋に響いている。

 

「ときに勇者殿、武具の扱いに精通しておられるとか」

 

「まあ、それなりには扱えるけれど……」

 

「おおっ! でしたら、ぜひこちらをご覧ください!」

 

 瞳の奥に喜色を浮かべながら、戸棚に手をかけるとずるりと横に滑っていった。裏から現れたのは、壁にかけられた武器の数々。一目でそれのつくりがわかる名品ばかりであった。

 

「これは……すごいな……」

 

「美しいでしょう。遺跡から発掘された品々を集めたものです。これらはみな聖剣を真似てつくられているそうです」

 

 世界でただ一振りの剣。

 言い伝えでは聖剣は地面につき立っていたそうだ。それを初代勇者が引き抜き、今に至っている。

 

 見た目は剣という形をとっているが、鍛治師に見せたところ黙って首を横に振られた。加工の跡が一切無く、まるで最初からこの形で生み出されたようだと言われた。

 素材も不明、加工方法も不明、その作動原理も不明。

 

 ある意味、勇者は聖剣の付属品のようなものである。勇者は取替えがきくが、聖剣は唯一無二の存在であった。

 

「贋作とはいえ、過去の名工が鍛え古の英雄達が振るった名剣たちです。いまもなお衰えぬ輝きを見るだけで、彼らの息遣いが聞こえてくるようです」

 

 男は自慢げに剣を鞘から引きぬいてみせると、手に取り刀身の輝きをうっとりと眺めだす。

 自らが振るう武器を相棒と呼んで大事にする兵士はいたが、男の様子はそれを通り越しているように見えた。

 

「しかし、私はペンを握ることはできますが武器はからっきし。ぜひとも、今代の勇者であるあなたが振るっているところ見せていただきたい!」

 

「……ちなみに、これは借金の肩に差し押さえられていないのか?」

 

「もちろんです。わが子のように大事にしていますから。絶対に渡すつもりはありません」

 

「アホか! いますぐ売ってこい!」

 

 男はまるで引き離される恋人をかばうように、両手で胸に抱え込む。

 

「こ、これは長年かけてあつめてきた大事な品々でして、お金には代えられません」

 

「娘よりも大事か。アリシアは将来を悲観して子供と心中しようとしてたんだぞ!」

 

「なに!? 本当なのか!」

 

 主人がはっとした表情で娘を振り返ると、彼女は視線を床の上に落としていた。つまり、今回呼ばれたのは単純にコレクションを自慢したかっただけらしい。

 

 男の手から剣が零れ落ちる。

「すまない」と何度も謝る声が響いていた。

 

 

 後日、再び会った彼女の身なりはお嬢様らしいかっこうになっていた。ふわふわした笑い方も実にしっくりくる。

 せっかくできたと思った無職仲間が、また一人巣立っていったようだった。

 

「勇者様、ありがとうございました。武器を売ってできた資金で、商会も建て直すことができました。生活も以前のものに戻ることができました」

 

 深々と頭をさげ、そしてお礼だといって一本の剣が差し出された。

 

「これは?」

 

「なんでも、鍛えた者の強い念がともった剣だそうです。勇者様なら使いこなせるはずと、父が渡すようにと」

 

「呪いの剣だろ!」

 

 もしかして、これを手放そうと思ったから建て直しができたんじゃないかという疑念が湧いてくる。

 持つ者に破滅をもたらす呪いの剣。それは失うもののない無職専用装備なのだろう。

 

「…………」

 

 もらえるものはもらっておこう。剣自体はかなりいいものだし、いざとなったら売ればいいだろう。

 

 

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