10. 勇者の運命
遺跡探索の報酬を楽しみに待ったが、魔導院でしか受け取れないと聞かされて、渋々向かった。
「勇者様ですね。室長がお待ちです。どうぞ、このまま向かいましょう。さあさあ、遠慮は無用です」
「いや、別にオレは……」
オレが来るなり職員が飛んでいったとおもったら、すぐにマホの部屋に連行された。
金を受け取ったらすぐに帰るつもりだというのに、職員はこちらの反応を待たずにどんどんと語りかけてきた。とても必死な様子で『帰りたい』の一言を飲み込むしかなかった。
「はぁ……」
「ため息とかやめてよね。まるでわたしが無理矢理つれてきたみたいじゃない」
「“まるで”じゃなくて、そのまんまだよ」
抗議の声もむなしく、相変わらずマイペースに実験の準備を始めていく。
その間、手伝えそうなこともないので研究室の中をぼんやりと見回す。
本棚につめこまれた大量の資料。白い紙に黒いインクで書かれた無愛想な字がビッシリ並んでいる。見ているだけで目がちかちかしてきた。
その中にひとつ、色のついている背表紙が見えた。
「絵本?」
それは『勇者の冒険』という子供向けの絵本だった。内容は、だれもが読んだことのあるようなものである。勇者が魔王を退治しに旅に出るという話だった。最後はみんなが平和な世界で暮らして、めでたしめでたし。
「なあ、マホ。絵本があるみたいなんだけど……?」
「それだって重要な資料よ。民間伝承と言うのは重要よ」
本当かと疑いたくなるが、こいつが趣味で絵本を持っているわけがない。一般人にとってはただの絵本だが、こいつにとっては違って見えるらしい。
「ところで、あんたが魔物を見つけたって本当?」
森で倒した魔物のことだろう。
偶然残っていた魔物があそこにいただけだった。そういう話だけで済めばいい。
「ああ、まちがいなく魔物だった。まだ調査中だって聞かされたんだが、魔導院としてはどう考えているんだ?」
「聞かれたらすぐに答えられるのなんて神様ぐらいよ。順を追って説明してあげるから、そこからよ」
やれやれと首を振ってため息をつく。
「まず最初に、魔王と魔物の発生は幾度となく繰り返されている」
ずるずると丈の合わないローブの裾をひきずりながら、本棚に歩いていく。かかとを浮かせて手を一杯に伸ばすが、背の高い棚に届いていない。
「ほら、これか?」
代わりに手を伸ばして引っ張り出してやると、ふんと鼻を鳴らし悔しげにする。
「んで、これは何だ?」
テーブルの上に広げられたページには、年号とその年のできごとが羅列されている。
「ここを見なさい。魔王の発生時期が記録されているから」
マホが指差す先には歴代魔王との戦いが記されていた。それは一定周期ってわけではなく。長いもので100年以上間隔をあけて、短いものだと10年も間を空けていない。
「この周期だけど、これがなかなか謎でね。なんとなく予想はできているけれど、確証ができない」
「もったいぶるなよ」
「魔導院として発表するなら確たる証拠と自信がなければ、結論づけられるものじゃないでしょ。まったく、これだから無職は」
呆れたように腕を広げて肩をすくめる。くそ、これだから国家に仕えるエリート様は……。上から目線で見下してきやがる。
「じゃあ、なんでオレには言ったんだ?」
「あんたが勇者だからよ。魔王が復活したら真っ先に駆り出されるでしょう? あんたは、神経細いしいざってときに緊張したら、困るでしょ」
むぐぐと口を閉じる。すっかり見抜かれている。
戦うことは慣れることなんてなかった。命のやりとりをする刹那の瞬間の連続、ヒヤリと感じたところを避けて生き残り続けた。
「ところでさ、さっきの口調から察するに……もしかして次の魔王ってすぐに復活しそうなのか……?」
「それを話す前に聞いておきたいけど、あんたが倒した魔王ってどんな印象だった」
死ぬほど強かったというのが正直な感想だ。よく四人とも生き残れたなと、神様に感謝したくなる。
「そうね……、つまり、その程度の強さだったていうこと。わたしたちが倒した魔王が弱すぎた」
「は、うそだろ?」
かなりギリギリの戦いだったはずだった。
そう反論すると、魔王と勇者の戦いを描いた『勇者の冒険』という題名の絵本が渡された。ページを開くと鮮やかな色が目に入る。
「勇者はね、生き残らないのよ。どんなときも」
最後のページを開くと、勇者が魔王と相打ちになる場面が描かれている。残っているのは勇者が握っていた聖剣のみというのが、この物語の結末だった。
勇者は自分たちが救った世界が平和になると信じて、この世を去っていく。それを幸せな結末というひともいるけれど、オレは納得できなかった。
「あの個体は確かに強かった。でも、わたしたちは生き残った」
だから、魔王はもうすぐ復活する可能性が高い。
マホはそう締めくくった。
 




