表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/56

10. 勇者の運命

 遺跡探索の報酬を楽しみに待ったが、魔導院でしか受け取れないと聞かされて、渋々向かった。

 

「勇者様ですね。室長がお待ちです。どうぞ、このまま向かいましょう。さあさあ、遠慮は無用です」

 

「いや、別にオレは……」

 

 オレが来るなり職員が飛んでいったとおもったら、すぐにマホの部屋に連行された。

 

 金を受け取ったらすぐに帰るつもりだというのに、職員はこちらの反応を待たずにどんどんと語りかけてきた。とても必死な様子で『帰りたい』の一言を飲み込むしかなかった。

 

「はぁ……」

 

「ため息とかやめてよね。まるでわたしが無理矢理つれてきたみたいじゃない」

 

「“まるで”じゃなくて、そのまんまだよ」

 

 抗議の声もむなしく、相変わらずマイペースに実験の準備を始めていく。

 

 その間、手伝えそうなこともないので研究室の中をぼんやりと見回す。

 本棚につめこまれた大量の資料。白い紙に黒いインクで書かれた無愛想な字がビッシリ並んでいる。見ているだけで目がちかちかしてきた。


 その中にひとつ、色のついている背表紙が見えた。

 

「絵本?」

 

 それは『勇者の冒険』という子供向けの絵本だった。内容は、だれもが読んだことのあるようなものである。勇者が魔王を退治しに旅に出るという話だった。最後はみんなが平和な世界で暮らして、めでたしめでたし。

 

「なあ、マホ。絵本があるみたいなんだけど……?」

 

「それだって重要な資料よ。民間伝承と言うのは重要よ」

 

 本当かと疑いたくなるが、こいつが趣味で絵本を持っているわけがない。一般人にとってはただの絵本だが、こいつにとっては違って見えるらしい。

 

「ところで、あんたが魔物を見つけたって本当?」

 

 森で倒した魔物のことだろう。

 偶然残っていた魔物があそこにいただけだった。そういう話だけで済めばいい。

 

「ああ、まちがいなく魔物だった。まだ調査中だって聞かされたんだが、魔導院としてはどう考えているんだ?」

 

「聞かれたらすぐに答えられるのなんて神様ぐらいよ。順を追って説明してあげるから、そこからよ」

 

 やれやれと首を振ってため息をつく。

 

「まず最初に、魔王と魔物の発生は幾度となく繰り返されている」

 

 ずるずると丈の合わないローブの裾をひきずりながら、本棚に歩いていく。かかとを浮かせて手を一杯に伸ばすが、背の高い棚に届いていない。


「ほら、これか?」


 代わりに手を伸ばして引っ張り出してやると、ふんと鼻を鳴らし悔しげにする。


「んで、これは何だ?」


 テーブルの上に広げられたページには、年号とその年のできごとが羅列されている。


「ここを見なさい。魔王の発生時期が記録されているから」


 マホが指差す先には歴代魔王との戦いが記されていた。それは一定周期ってわけではなく。長いもので100年以上間隔をあけて、短いものだと10年も間を空けていない。

 

「この周期だけど、これがなかなか謎でね。なんとなく予想はできているけれど、確証ができない」

 

「もったいぶるなよ」

 

「魔導院として発表するなら確たる証拠と自信がなければ、結論づけられるものじゃないでしょ。まったく、これだから無職は」

 

 呆れたように腕を広げて肩をすくめる。くそ、これだから国家に仕えるエリート様は……。上から目線で見下してきやがる。

 

「じゃあ、なんでオレには言ったんだ?」

 

「あんたが勇者だからよ。魔王が復活したら真っ先に駆り出されるでしょう? あんたは、神経細いしいざってときに緊張したら、困るでしょ」

 

 むぐぐと口を閉じる。すっかり見抜かれている。

 戦うことは慣れることなんてなかった。命のやりとりをする刹那の瞬間の連続、ヒヤリと感じたところを避けて生き残り続けた。

 

「ところでさ、さっきの口調から察するに……もしかして次の魔王ってすぐに復活しそうなのか……?」

 

「それを話す前に聞いておきたいけど、あんたが倒した魔王ってどんな印象だった」

 

 死ぬほど強かったというのが正直な感想だ。よく四人とも生き残れたなと、神様に感謝したくなる。

 

「そうね……、つまり、その程度の強さだったていうこと。わたしたちが倒した魔王が弱すぎた」

 

「は、うそだろ?」

 

 かなりギリギリの戦いだったはずだった。


 そう反論すると、魔王と勇者の戦いを描いた『勇者の冒険』という題名の絵本が渡された。ページを開くと鮮やかな色が目に入る。

 

「勇者はね、生き残らないのよ。どんなときも」

 

 最後のページを開くと、勇者が魔王と相打ちになる場面が描かれている。残っているのは勇者が握っていた聖剣のみというのが、この物語の結末だった。


 勇者は自分たちが救った世界が平和になると信じて、この世を去っていく。それを幸せな結末というひともいるけれど、オレは納得できなかった。

 

「あの個体は確かに強かった。でも、わたしたちは生き残った」

 

 だから、魔王はもうすぐ復活する可能性が高い。

 マホはそう締めくくった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ