1. 『ハッピーエンドジャンキー』の結末
ある日、急に勇者だっていわれて、がんばって魔王を倒したんだ。
みんなだって考えたことあるだろ? オレ、なんでこんなにがんばってるんだろって……。その答えは最初から決まっているんだ。幸せな結末がみたいからだ。
魔王を倒し魔物の脅威が消え、平和となった世界。
ランプをともした酒場からぼーっと往来を眺めていた。日の落ちた町中を行きかう人々の表情は明るい。
一方で自分はというと……
魔王を倒した達成感も、長く苦しい旅からの解放感にもひたることができずにいた。
「はぁ……」
ため息と一緒に思い出すのは一人の少女だった。
村に住んでいたときの幼馴染で、2歳年下で妹のような存在だと思っていた。
戦いが続く中、彼女の存在が次第に自分の中で大きくなっていることに気がついた。
魔王へと挑む決戦前夜、最後の戦いを前になるべく緊張しないようにと明るい話題をさがした。
『おまえらこの戦いが終わったら何をしたい?』
『とりあえず、わたしは報奨金をもらってゆっくりしようかな』
『休んでるヒマなんてないわよ。戻ったら早く研究資料をまとめないと』
『私は孤児院のお手伝いをして恩返しをしたいです』
ここまで旅を共にしてきた3人の仲間はそれぞれの思いを口にする。そして、自分の番がやってきた。
『オレ、この戦いが終わったら幼馴染に結婚を申し込むよ』
仲間たちに冷やかされながら、絶対に勝って生き残るんだと自分に言い聞かせた。
魔王は強かった。魔力も底をつきかけ、用意した多くの道具もなくなった。握っている聖剣だけが曇りのない輝きを放っていた。次の一撃にすべてをかけ、防御をすてて攻撃にすべての魔力を乗せた。
『……やった、とうとうオレたちは魔王を倒したんだ!』
誰一人欠けることなく、王都へと帰還した。
報告を終えると、その足ですぐに故郷へと帰った。
指輪も買った。幼馴染の誕生石だ。
大切な幼馴染が待つ村へと早く帰りたい。
『ただいま!』
両親が温かく出迎えてくれた。
誰かが呼んでくれたのか、幼馴染も姿を現す。
その姿を見て、自分の戦いはようやく終わったのだとわかった。
『おかえりなさい、勇者様。王都から知らせが届いてから、妻はいつ帰ってくるのかと落ち着かない様子でしたよ』
え? だれ?
幼馴染の横に立つ見知らぬ男。
ていうか、そのお腹って……。
幼馴染が太ったというわけではないだろう、というのはわかった。
村をあげての歓迎。
ごちそうがならべられる。見知ったおっちゃんたちから手荒く頭をなでられ、子供たちからは旅の話をせがまれる。
幼馴染はというと、例の男の隣に座って幸せそうに笑っている。
『おまえのいない間、彼が村を守ってくれたんだよ』
オレがいなかった間、村にあったできごとを聞く。
活発化した魔物の襲撃が続き国へと応援を呼んだ。しかし、王国軍は主要な都市の防衛で手一杯だった。
ようやくやってきた兵士はまだ若く、剣を握ったばかりの新米だった。
村人たちが落胆する中、彼は自分にできることをがんばった。夜になると火をたやさず警戒のために立ち続けた。そうして、村人たちと協力して守りつづけた。
『すごく真面目で一途で、お兄ちゃんみたいなひとだなって思ったの』
それが彼との馴れ初めらしい。兵士の家としてオレの部屋が提供された。オレがいなくて、空いた場所だった。
そうやって一緒の時間を積み重ねていく中、襲撃によって彼は浅くない傷を負う。幼馴染は兵士を治すために昼も夜も看病し続けた。
……そこからのことはもう想像ができる。
健気に看病をしてくれた幼馴染にほだされ、そして、彼女も兵士を憎からず想っていた。
『私の村も魔物たちによって滅ぼされ、王都へと逃げ込みました。もうあんな思いをする人が増えてほしくないと思って、兵士に志願しました。魔王を倒した勇者様には感謝してもしきれません』
きらきらした目をしながら、年もそう変わらないオレに敬語で話しかけてくる。その横にいる幼馴染は幸せそうな笑顔を浮かべている。
誠実なやつだった。
このひとがいなければ村のひとたちも危なかっただろう。
『感謝をするのはこっちの方だ。それと……二人とも……結婚おめでとう』
二人の物語は幸せな結末を迎えたわけだ。大団円。すばらしいことだ。
一月前のことをいまだに引きずっている。
村を出て、また王都に帰ってきたが気分は沈みきっている。
「はぁ……」
何のために魔王を倒したのかと考えそうになるが途中でやめた。むなしくなるだけだ。
みんなが平和な世界で安心して生きていける。それでいいや。