恋愛相談
清水FCエスプレッソのジュニアユースの練習後、麻呂は意外な男に呼び出された。
「すまねぇな、氏真。練習で疲れてる時に。」
「何構わぬ。学友の話を聞くのもまたよろし。」
その男は、麻呂のチームメイト…工藤常光であった。
「ここで話すのも無粋であろうし、どれイートインスペースとやらで甘味を食しながら語ろうではないか。」
「あぁ。」
この平和な時代、童の悩みなど好いた女童の事に相場は決まっておる。
蹴鞠の相棒と言って良い存在の常光がどのような女童を好きになったか、聞くのもまた一興であろう。
誰が相手であろうが我が妻早川殿には敵わぬであろうがな。
コンビニで茶と煎餅を買う。
甘味も良いが摂りすぎるとそれは毒。故に麻呂は甘味は好きではあるが極力控えておる。渇水病(糖尿病)になりても敵わぬからな。
「して、常光。どのような女童であるか?お主の心を射止めたのは。」
下世話な笑いを浮かべ、麻呂は敢えて核心を突く。
「…いやな、真二くんの妹のさとみなんだが、手紙を貰ってよ。」
「ほう、恋文とは風流な。」
真二くんとは一級上の柳田よな。妹御がおったとは寡聞にして知らなんだ。
「で、付き合ってほしい、と書かれてたんだよ。」
「で、返事に迷う次第か。」
「あぁ。」
現代、輿入れまでに幾人かの異性と交わり合うのが一般的と言われておる。
この時代衆道は廃れており衆道の者は物語や動画の中にしか滅多に見らぬが…
「それはそれで良いのではないかのう?麻呂は今生での経験は無いが、女性と心を通じ合わせるというのは良い事よ。」
「でもなぁ…」
「…お主なんじゃ?さとみ殿を輿入れしようとでも考えておるのか?」
「輿入れ?」
「今で言う結婚よ。」
「けっ…!?」
常光はそう言うとは派手に噎せた。
「写メとやらはあるのかの?」
「あぁ。」
常光の携帯に写りしは…黒い髪を束ねたる少女である。なるほど、目元口元は柳田によく似ておる。
「愛い女童ではないか。」
「いや、だからこそだな…俺でいいのかな、って…」
「お主は蹴鞠の時は勇猛果敢なくせにこうした話は駄目よのう。」
女人から迫られ拒むは男子の恥ぞ。
「まぁ急な話故に迷うのは良く分かるが…親御に決められし相手とそうなるよりもお互いの信頼関係を築いていきそうなる事が理想よの。
ではそうすれば良いのではないか?
明日は日曜日で、ホームの試合は無い。ユースの練習も午前で終わる。とならば二人でどこか出かけるのが良かろう。」
「ふ、二人で、か…」
「麻呂が来ても良いが邪魔にしかならぬ。どれ麻呂が誘いのメールを送っておこう。」
あかねさす紫草野行き標野行き
野守は見ずや君が袖振る
万葉の一句よ。
この一句すら理解出来ぬ者であらば我が友と交際の資格など無い。
返歌あれば良いが、あまり麻呂を失望させる答えなど来て欲しくないものだ。
返信はすぐに来た。
意味わからないんだけど。キモい。
「常光、このような教養のない女はやめておくが良い。」
「えぇー…」
常光は携帯を奪い取り、明日の午後に映画を観に行く事を約束した。
やればできるではないか。全く。
さて、麻呂も明日は映画を観るかの。
麻呂の好みに合うような映画というものも少ないが。
ーー
隣国の映画…これは豊臣殿が明国に攻め込む話じゃの。
おや?このような話は記憶に無い。
かの国の水軍は弱く寡兵であり、上陸を簡単に許したはずだ。
それにこのような船などまず浮くはずがなかろう。何事にも道理というものがある。
「…このような道理を無視した物語のどこが面白いのか、理解不能じゃ。」
貴重な金子を無駄にした!と麻呂はひとりごちながら映画館を出ると…
「おや。」
そこには2匹の茹で蛸が並んでおった。
「(初々しい事よの。)」
手を繋ぎ俯き歩く二人の童。甘味店に並んで入っていく姿を見て麻呂は彼らの逢引が上手くいった事を確信した。
「(この時代の常識とは未だ分からぬ事も多いが、仮にやや子(赤ん坊)が出来たとしたらどうなるのだ?)」
性的に乱れに乱れていた時代で御落胤がダース単位でいた者もいる時代を生きた麻呂からすると、この世界の常識というのは分からない事が多い。
後家殺しと呼ばれた竹千代あたりからすると終生早川殿を愛し続けた麻呂のほうが異端らしいが。
はてさて…現世に早川殿がいてくれたら良いのだが。
当たり前にあった右隣の体温が懐かしい。
夕闇に包まれる中、麻呂の携帯には柳田からの怒涛のメールがあったが、そこは丁重に無視させて頂く。
妹御が可愛いのは分かるが、少々ばかり行き過ぎだ。
麻呂は随分と現世に馴染んだものよ、と思うとまた明日からの寺子屋と蹴鞠の修練に向けて気を引き締めるのであった。
戦国時代は現代と比較するべくもなく乱れに乱れてました。
現代日本も相当ですが。