戦国一の鋼メンタルvsいじめ
世の中、いじめというものがある。
強い者が己よりも弱い者を嬲るアレよ。
麻呂は麻呂の話し方が特異なせいか、中学校に入ってからはこのいじめの標的となっておる。
まぁ言っても相手は元服前の幼子。
いちいち目くじらを立て物事の道理を説くのも大人の道理であろうが、麻呂は対外的に彼らの同世代。
麻呂から道理を語るのも馬鹿馬鹿しい話だ。
「氏真、宿題やったか?」
「うむ。見せぬぞ?」
「ええー。」
「たわけめが。己が力で解け、為にならぬ。」
それに学友もおり、彼らの行動というのは単に陰湿極まるだけだ。
力の論理を見せ叩きのめすには箒の一本もあらば足りる事ではあるが…童を相手に振るえる剣など麻呂は持たぬ。
体育の時間の前、麻呂は体操服が隠されておるのに気付いた。
…困った。これでは体育に参加出来ぬ。
大方嫌がらせの一環であろうが。
「月山殿、頼みがあるのでおじゃるが…」
麻呂は隣のくらすの剣道部の女子に体操服を借りる事にした。
幸いにして月山殿は了承してくれ、麻呂は無事に体育に参加出来た。
…しかし視線が異様に集まるのは何故か。
男女の違いなど袖口の色くらいだろうに。
「こっちに渡せい!」
「頼む、氏真!」
「任されたぞ!」
こうして学友と心地の良い汗を流し、学び舎へと戻る。
「はて。」
麻呂の机の上に行方不明であった体操服があった。そのまま出てこぬと思っておったが、なかなかに道理を弁えた者達のようだ。
月山殿に厚く御礼を言い麻呂は次の時間の準備をする。次は算術だ。
「……。」
次は算術の本がビリビリに破かれておった。
それを見てクスクスと笑う者ども。
どうにもこやつらは太原雪斎僧に教えを受けた麻呂を甘く見ておるようだ。
算術というのは基本的にまず師が解き方の解説を行う。次に解いていくわけであるが、この公式の解さえ理解出来ればそれこそ和歌などより余程容易い。
「今川、この問いを解け。」
「心得た。」
麻呂の頭の回転はそれは織田殿や大内殿に比すれば比べるべくもなく鈍いが、このような童の算術など解けぬ程鈍くはない。
…歯軋りが聞こえるのは気のせいわいな。
食事の折、麻呂の分のプリンが無く、学友達が騒いだが
「よい、乞食に対し恵みを与えるのも務めのうちよ。プリンを下賜しようではないか、その者に。」
と言うと、何故か顔を真っ赤にした男がプリンを返してきた。
「良い、麻呂は下賜したものを奪う趣味はない。下賜されたものは有り難く頂くのが礼儀であるぞ。」
と言い、麻呂はそのままプリンをその男に渡しておいた。
「しかし憎き童よ。」
折角麻呂が下賜してやったものを返してくるなど。これでは麻呂の恥ではないか。
しかし彼らが何をしたいのか皆目検討もつかない。麻呂を害したいというなら害しに来れば良いのに。その時は我が師塚原卜伝直伝の武術の錆としてやれるのだが。
そもそもが、こんな陰湿な事の一体何が楽しいのか。
まだ和歌を詠み、茶を嗜む時間の方が心安らぐというのに。
「そういえば最近茶の湯を嗜んでおらぬのう…。」
茶が簡単に手に入り、飲めるのは非常に良い。だが侘び寂びに欠ける。
一度じゅにあゆーすの皆を誘い茶の湯と連歌を嗜みたいものではあるが、これは些か麻呂の趣味の押し付けというものであろう。
学び舎の清掃を行う。太原雪斎僧にこの辺りもかなり厳しく躾けられたな、と思うと父上が御健在で、竹千代が今川にいて太原雪斎僧と学んだ日々は麻呂の一番良い時代であったな、と思える。
午後も似たり寄ったりであったが、放課後は少し違った。
恐らく無反応に業を煮やしたのか、直接的な暴力に訴え出たのだ。
相手は五人。囲まれはしたが、この程度の包囲など出るのは容易い。
第一に得物も何もなく麻呂を倒そうなどこやつらは相当に麻呂を侮っておる。
必殺を期するならばせめて一人が動きを封じ、残りの四人でその者共々麻呂を刺せばよいものを。
麻呂は正面に立つ男に拳を叩き込み逃げる。
「なっ?!逃すな!」
織田殿も竹千代も多数に無勢であればまずは退却を選ぶ。逃げるは恥でもなんでもない。まず大将は己の命を守らねばならぬ。それがどんなに恥辱にまみれていようとな。
そして次に。麻呂の武器…得物というには頼りないが…箒を取る。
走り、逃げ、角に入り…追っ手に一撃。
「ぐあ!」
やはり竹箒など得物に使うべきでない!一撃でへし折れてしまった。だが鉄の棒などで一撃食らわせると殺してしまう。故にまた近くの竹箒を手に取る。
次々に追っ手を仕留め、一汗かいた頃にはもう蹴鞠の時間となってしまっていた。
「また来るがよい。その時も時間があればこうして遊んでやろう。」
全く平和で愛い童たちよの。