5話 重撃
巨大な棍棒を持った、巨体のゴブリンは自分と比べてとても小さい私を見て嘲笑したような表情を見せている。
…どうなっても知らんぞ。痛い目見せるぞぉ……?
「サキ、余計なこと考えてないでさっさと相手しなさい。油断してるとまた死ぬよー。」
「えっ私の考えてること読めるんですか?やめてもらっていい?」
「読めるみたい。もう余計なこと考えられないねえw」
「コイツ……!」
そういえばさっきからユウリは距離が離れているにもかかわらず私に『心に直接語りかけてきている』。
魔法チートが行き過ぎるとこんなことまでできるのか……。
とりあえず、頭の中にある雑念を振り払い相手と向き合う。
「…来いっ!!」
私の声を引き金に巨体のゴブリンは棍棒を振り下ろす。
それに合わせ、体を横に動かして避ける。動きが大振りなので見切るのは簡単だ。
「ガアッ!!」
ゴブリンは横に避けた私を見逃さず、すかさず横に振り抜く。
…私はドレス着てるからあんまり動けないと見てるんだな。
「だけど、甘いよ。」
横に振り抜かれた棍棒を体を捻らせながら飛び越える。
スピードを落とさないように低めの壁を越えるときに使うテクニックだ。
そして大抵こういう巨体の敵というものは……。
「足元が疎かだってゲームとかでは相場が決まってるんだよねっ!」
足に力を入れ、思い切り地面を踏ん張って走り出す。
そしてゴブリンの懐に入り込み、足払いをして相手の体を浮かす。
「ギャワッ!?」
「おお……、バランスが崩れたらOKだったのにまさか浮き上がるとは……。身体能力の劇的上昇もスキルに含まれてんだからありがたいよまったく。」
浮いたんなら好き勝手させてもらいますか。ま、好き勝手するっていってもスキルのおかげで体が勝手に動いてくれるんだけどね。
浮いた相手に何発か蹴りや拳を入れる。空中コンボみたいなものだ。そしてコンボの締めにアッパーを入れ、もう一度相手を浮き上がらせる。
「そして落ちてきたところに……、ダメ押しだッ!!」
右足を踏み込み、右肘を腹にいれる。
「ガッハァ!!?」
私の速度と相手の自重で内臓へのダメージは相当だろう。
しかしこの動き……。なんか拳法といった方が良さそうだな……。
距離を詰めて一撃を与えるから、パルクールと相性がいいとでもいうんだろうか。
「グガァ……ッ!」
「お、まだ意識あるんだね。……じゃ、もう一回だけ痛い目みる羽目になっちゃったね。」
そう語りかけた後、全力で倒れているゴブリンの顔を蹴り抜く。
恐らく鼻にでもクリーンヒットしたんだろう。グシャッと音がなり、ゴブリンは鼻血を出しつつ気を失った。
「うっわ……。サキ容赦ないなぁ……。ちょっとドン引きですよ幼馴染は。」
「…君の幼馴染はドSなのかい?」
「かもしれませんね。体術スキルとはいえ追撃で顔面蹴り飛ばすのは完全にSの所業ですね。お気に召されましたか?」
「いや、お気に召したっていうか……、結婚した際に生活内で怒らせたらヤバそうという印象しかないのだが……。」
「ごもっともです。(残念。Mっ気があったらちょっとおもしろかったのに。)」
……あのユウリの顔はろくなことを考えてないな。この距離でもわかるわ。
「ユウリ、そっち戻るからその緩んだ顔を戻してね。王子の横にいるんだから。」
「おっと、オタクの悪いところが。よし、もう大丈夫ですわ、お嬢様。」
「それでよし。」
ユウリと王子がいる城前の建物の屋根まではそこまで遠くはない。私の立っている屋上から二人のいる場所までの最短ルートを構築しつつ走り出す。目の前には元の世界では届くか届かないかくらいの隙間が広がっている。
「いつもならジャンプするのに勇気のある建物の間でもッ……!」
スキルのおかげで楽々と飛び越えられてしまうというわけだ。飛び越えた先は高低差があり、跳んだ場所と比べて着地地点が低かったので、着地の瞬間に前転をし、衝撃を逃がす。
このロール大事。全衝撃が足に行くと簡単に折れるからね。痛いよ。
「…君の主人はスキルに目覚める前からあれなのかい?」
「ええ、まぁ。とはいっても、まともに体を動かすのはあれが初めてのはずです。その体術の補正も併せてスキルの一部なのでしょう。」
(…まあ、さすがにこの国のトップを争う名家の令嬢が『前々から屋上とかめっちゃ走ってました』とかは言えないよね……。サキもアタシの身が危険にさらされそうだわこんなこと言ったら……。)
「しかし、彼女の走りは音速の如しだな。さっきまであれほど小さく見えていたのにもうすぐそこまで来ている。」
「あとはたぶん、あそこを飛び越えればお嬢様はこちらに到着されるかと。」
あとはここを飛び越えればッ……!!
「ってやばっ!?ちょっと高い!?」
足が届かないかもっ…!!
「あっ。あれ着地できない。」
「はっ?君それ本気で言っているのか!?今ならまだ間に合う!!」
「いえ、対岸に足がつかないだけですから。」
「じゃあ落ちてしまうだろう!!」
「大丈夫ですわ。手なら届きますから。」
「ぐぅっ……!!あっぶなー……!」
壁に足を付け、衝撃を吸収しつつしっかりと角をつかむ。
「どれだけ経験積んでてもやっぱりロングジャンプは緊張するぅ……!!」
よじ登って二人が待っている場所へとたどり着く。
「あー、戦ってるとき何度死んだかと。」
「そうですか?二度目の戦闘の割には戦えていたと思います。それに、こちらだって初めて魔法を使って戦っていたんですよ?王子が隣にいたとはいえ、内心とても怖かったんですから。」
「魔法チートがよく言うよ。」
「体術チートが何をおっしゃられますか。」
「二人ともとんでもない力を持っているんだって自覚してもらっていいか……。」
王子にあきれられた。まぁですよね。
さて、城に戻って王や両親に事の顛末を話さないと。
体術スキルはパルクールだけでなく、格闘のスキルも兼ね備えているので中国拳法やマーシャルアーツなどその状況に応じた動きでサキの動きを補正してくれます。
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