6 郷田川義治、災難は終わらない。
常陽学園旧校舎。以前は生徒たちが授業を受けていたが新校舎が出来てからは文科系の部活動が多く行われている。
しかしその中でも2階の突き当りにある教室。そこはその存在自体殆どの生徒達には知られておらず、知っているごく一部の生徒も誰も近寄らない通称「ヲタク部」があったのだった。
「……とまぁそれが私が部長を務める映像研究会なんだけどな」
「松堂先輩~、いつもながらその説明っているんですか??」
「うるさいぞ陽田……、ってなんでお前がここにいる?!」
「へへへへ、あれくらいのパンチで俺を倒したと思ってもらっちゃ……、ぐはっ!」
ひぃぃぃ、もろに腹に松堂先輩の回し蹴りが入った。
翔は僕の隣で小さくうずくまっている。これでも野球部期待のエースなのに、松堂先輩も容赦がない。
僕達の目の前にいる小柄な2年生。
彼女は松堂向日葵。150cm程の身長に肩まで伸びる髪。恐らく美少女の部類に入るのだろうが初めて見た人からはほぼ小学生に間違われる。
だがその正体を知る常陽学園の同級生からは「血濡れの向日葵」と呼ばれているのだ。
何故そんな異名が付けられているのかは……、皆さんなんとなくお気づきだろう。
「ぐっ……、あ、相変わらず容赦ないですね先輩。今のは中々効きましたよ。その小さな体のどこにこんな力があるんだか」
「私からしたらお前の方がおかしいんだけどな。私は中学柔道の全国優勝者なんだぞ?」
「へへへ、一応鍛えてますから」
そう言うことなのだ。松堂先輩は自分の2倍はありそうな巨体でも難なく投飛ばす怪力の持ち主。
その攻撃を受けいつもけろりとしている翔は僕から見ても異常なのかもしれない。
「そ、それで松堂先輩。昨日はすみません、でもいけなかったのには深い訳があるんです」
「はぁ……、まぁそれはもう許してやろう。何て言っても私は優しいせ・ん・ぱ・いだからな」
あっ、これ全然許してない奴だ。
目が、だって目が全然笑ってないもん。
今にも殴り掛かりそうな松堂先輩に、僕は何とか話題を変えようと隣へと視線を移した。
「な、なぁ翔! お前こんな所にいてもいいのか? 野球部の練習があるんじゃないか?? なんなら僕も一緒に」
「あぁそれなら大丈夫だ! 今日は元々自主練だったしな!!」
「そ、そうなんだ」
くそぉぉぉ、何でこんな時に限って!
やむを得ない、潔く先輩の鉄拳を受けることにしよう……。
だが俺の覚悟とは裏腹に、松堂先輩は振り返ると部屋を暗くしプロジェクターに何かを映し出す。
「こ、これは??」
「フフフフフッ、よく聞け後輩。遂に念願を果たすときが来たのだ」
「念願ってまさか、あの事まだあきらめていなかったんですか!?」
プロジェクターには大きく文字が映し出される。
そこにはこう書かれていた。「教頭排除計画」と。
「教頭排除計画?? なんだこれ??」
そう言う反応になるのも仕方ないだろう。
僕は首をひねる翔を横目に松堂先輩に視線を移した。
あの目は、本気だ!
「私がこの映像研究会を設立してからというもの、あの禿……、ゴホンッ、いや教頭には様々な嫌がらせと言う名の妨害を受けて来た。しかしついにあの教頭を黙らせる計画が完成したんだ!!」
いや、嫌がらせって……。
それもこれもあんたが研究会、いや実質先輩の作る同人誌の製作所だけど、その同人誌を学園内で売りさばいていて(強制的)いたのを注意されたり、その仕返しに先輩が教頭の車の上で昼寝してたから目を付けられたんでしょうが!
だが完全な逆恨みに燃えている先輩はそんなことは忘れている。
「第一の計画はこうだ! あいつには中学生になる娘がいるらしい。その子を人質に取って私に謝罪を」
「いや、それ完全な犯罪です。謝罪より先に先輩が捕まりますから」
「ぐっ、そこは私と気づかれないようにだな」
「いやいや先輩に謝罪させるとか、犯人が先輩って言ってるようなものですよ」
「そ、そうか!! くそ私としたことがそんな単純なことに気が付かないとは……」
「ハハハハッ、松堂先輩は面白いな……、ぐはっ!!」
翔はまたまた先輩の蹴りを喰らったがこれには僕も擁護することは無かった。
「そ、それじゃあ第二の計画だ! あいつはいつも最後まで学校に残っている。そこで奴の飲むであろう水に睡眠薬を入れ、眠ったところで私が裸になりよからぬ写真を……」
「いやいやそれは犯罪以前に人間性を疑いますよ……。それに演技をはいえ、先輩は裸になってその写真を取らせるのに抵抗はないんですか? どうせ写真を撮る役は僕なんですよね?」
僕の言葉に先輩はしばらく考えた後顔を赤面させた。
そう、先輩はこんな感じだがそう言ったことに対する免疫が全くない。
教頭への怒りであまり深く考えていなかったのだろうが、我に返り男性に裸を見られるのが恥ずかしくなったのだ。
「くそぉぉぉぉ!! なんてことだ。私の綿密な計画がぁぁぁ!!」
「な、なぁ義治。お前人間、とりわけ女性にあれだけ免疫無いのに松堂先輩とは普通に話せるんだな?」
「う、うん。まぁ先輩はね」
僕だって最初からこんなに話せたわけじゃない。
ただ先輩は入学してから翔以外友達もいなかった一人の僕をこの映像研究会に入れてくれた。
まぁ先輩も僕のスマホの待ち受けだったヴァルキリーに目が無かっただけなんだけどさ。
「それよりも義治、あの先輩大丈夫なのか? な、何かブツブツ言い始めてるぞ」
「……」
松堂先輩は机に顔を擦りつけ呪文のように何かを呟いていた。
あれは同人誌の締め切り前の末期症状……。早めに何とかしないとあの症状が!
「せ、先輩大丈夫……」
「アハハハハッ!!!」
遅かったぁぁぁ!!
先輩は奇声を上げながら突然立ち上がり教室の扉へと猛ダッシュ。
止めに入った僕はおろか、翔でも追いつけない速さで扉に到達すると勢いよく扉を開いた。
「教頭、待ってろよい!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
ドスンッ! だが鬼の形相の先輩が部屋を飛び出したのと同時に叫び声が響き渡る。
どうやら誰かとぶつかってしまったらしい。でもこんな所に来る人がいるなんて……。
「なに、この1年生は」
「もう先輩、だから急に走り出すと危ない……、えぇぇ!!!」
嘘だろ、彼女は……。
正気を取り戻した松堂先輩が抱えた上げた気を失っているその生徒は、僕が今一番会いたくない人物、あの鳳翔院楓さんだったのだ。