2 郷田川善治、突然の出来事!
あの出来事の翌日。
学園へと向かう僕の足取りはそれは重いものだった。
よりによってあの学園のマドンナ、誰もが憧れる鳳樟院さんの胸を掴んでしまったのだ。
もし彼女が皆にその事を言いふらしていたら? 僕の残りの学園生活はそれはひどいものになるだろう。
「……でも学校を休むわけにはいかないしなぁ。どうしてこんなことになってしまったのか」
あれは事故だったんだ。僕は悪くないよね、ヴァルキリー……。
僕は制服の胸ポケットの中からスマホを取り出し、待ち受け画面を見つめた。
彼女は魔法特戦というアニメに出てくるヴァルキリーだ。
普段はクールながら、敵と戦う時には真っ先に前線に飛び出し、仲間の盾になることもいとわない。
そして何より腰まで伸びた髪に大人びた容姿。それら全てに僕は一目で心を奪われた。
やはり女性は二次元に限る。三次元の女性は言葉ではどんなことを言っていても心の中では何を思っているのか分かったものではないからな。
「あの人」のように……。
「……はぁ、そうこうしている内にもう学校に着いてしまった」
こうなれば今まで以上に周りに気を使わ無ければ……!
確か鳳樟院さんは5組。幸運にも僕は1組で教室間はかなりの距離がある。
そうだよ、何とかなるかもしれない!
そうは考えつつも下駄箱に階段、廊下と教室に入るまでの時間周囲への警戒は怠らない。
何にでも備えあれば何とかというやつだ。
「……ふぅ、何とか教室に到着したな」
教室内には既に半数近くのクラスメートが登校している。
見るからに彼らはいつも通りの様子、誰も僕に挨拶をすることも無ければ気づいてすらいない様子だ。
やはり少し気を張り詰め過ぎたのかもしれないな。
「よお義治! 今日はいつになく辛気臭い顔だな。朝飯食ってないのか??」
「つ、翔か……、何でもない大丈夫だよ」
「そうか? まぁそれならいいんだけどな」
こいつの事を忘れていた……。まったく突然話しかけるから心臓に悪いじゃないか。
翔は笑みを浮かべ僕の隣の席に座った。
するとすぐに彼の周りには数人の男女が囲みこむ。
そう、何度も言うが彼は俺とは種族が違う。リア充なのだ。
「……よぉしお前らそろそろ席に着けよ!」
しばらくして教室の扉が開き、1限目の数学の早田先生が現れた。
彼は名前の通り、授業が始まる3分前には教室に現れる。誰が付けたのか、あだ名は早いだ先生。
ただ生徒からはそこそこ人気があるため彼の周りにもクラスメートが集まっていた。
「いつも通りだな……。やっぱり鳳樟院さんからしたら僕なんて道端の小石みたいなものってことだよきっと……」
そう呟き少し安心した僕は、チャイムと共に始まる授業へと意識を向けたのだった。
「ふぅ、これで今日も終わりだぁ……」
この日の最後の授業が終わり、ホームルームも瞬く間に終わったためクラスメート達はいつものように足早に教室を後にし始める。
この日、僕が懸念したようなことが起こることは無かった。
いやむしろいつも過ぎる程に、いつもの日常だった。
ただ気になることと言えば、時折誰かに見られているような感覚を覚えた位だが、それは僕が気を張り過ぎていたための錯覚だろう。
共はどうあれ、これで僕の日常は壊れずに済むということだ!
「おい義治、これからどこかに飯でも食いに行くか!」
「はぁ、それ本当に飽きないよね。いつも行かないって言ってるだろ? それに翔は部活があっていけないじゃないか」
「ハハハハッ、バレたか。おっ?! 今朝に比べたら随分と顔色が良くなったな。うんうん、昼飯を食ったお陰だな」
「飯の事ばっかりだね翔は」
僕の側にやってきた翔との何気ない会話。これもいつも通りだ。
既に教室内に残っているクラスメートは数人、これもいつも通りだ。
だが次の瞬間、教室の扉を開けいつも通りではないものが入り込んでくる。そう、彼女だ……!
ザワザワ……。
鳳樟院さんの姿に、残っていたクラスメートから声が上がる。
誰もが振り返るであろう整った顔立ちにスラリと伸びた手足。腰辺りまで伸びた髪は真っすぐに伸び時折風に揺れる。
こんな生き物がいれば誰もが視線を向けてしまうのは分かる。
問題なのはその彼女が僕の元へとやってきたということだ。
「ちょっといいかな?」
「ぼ、僕ですか!?」
「ええ、少し話があるんだけど……」
「何だ鳳樟院じゃないか、こいつに何か用でもあるのか?」
「そうよ。だからちょっとだけ郷田川君を貸してもらえる、陽田君?」
だ、だめだ翔! 何でもいいから断ってくれ!!
そうだ、これからは飯でもなんでも付き合うから……
だが僕のそんな思いとは裏腹に、翔は僕と鳳樟院さんとを交互に見つめた後口を開いた。
「そうか、なら邪魔者は退散するとするよ。ほらお前らも行こうぜ」
「う、うん」
翔は残っていたクラスメートにも声をかけ、教室を後にしていく。
しかも出ていく瞬間、僕に笑みを浮かべて……。
違う、違うんだよ翔! 君が思っているようなことは起きない。
むしろ僕の学園最後の日なんだぁぁぁ……!!!
僕と2人きりになった鳳樟院さんはしばらくすると昨日のように笑みを浮かべた。
「郷田川君、で合ってるよね?」
「は、はい! 郷田川であります!!」
「フフフッ、何で敬語なの? あ、もしかして昨日の事気にしてるの?? それならあれは事故だって分かってるから気にしなくていいよ」
「そ、そうでありますか……」
よ、よかった。表面上では鳳樟院さんが怒っているようには見えない。
だけどそれなら僕に何の用が……。
「フフフッ、また変な敬語。でもそっか、気にしてくれてたんだね」
「そ、それはもちろん」
「フーン……。それじゃあさ、そのお詫びに1つ私のお願いを聞いてくれないかな? まぁそれが今日の用件なんだけどね」
「な、何でしょうか……?」
クソ、やっぱりか!
何だ? 卒業までパシリでもさせる気か?
だが彼女の次の言葉は、僕の想像だにしていなかったものだった。
「……私と、その、付き合ってくれないかな?」
「…………へ??」