私が昔イジメに会っていたと言うと皆が揃って【また何かの悪巧みか?】と信じてくれない(笑)
はい。みなさん、こんにちは。朝や夜に読んでる読者の方も【こんにちは】
今回の、私と愉快な仲間達のお話は、ちょっと私の暗い過去について。
まぁ、今じゃこんな風に書けるぐらいにまで、克服出来てるのだが。
私は、左の足が、ちょろっとだけ膝から下が外側に、捻れている。お尻を床に着け、両足を伸ばして座ったら、普通、両足とも爪先は、真っ直ぐに真上を向くだろ?
私の場合、左だけが、少し外側を向く。そんな感じだ。
歩くと、左足だけが、外側に円を描くように動いて歩く。
まぁ、普通に生活する上で、大した支障は無い。ちょっと走るのが遅いぐらいのもんだ(笑)
しかし……利点もある。
男性には、骨格の関係で、出来ない。もしくは、出来ても痛みを伴う。俗に言う【女の子座り】が出来る(笑)まぁ反対に【あぐら】は苦手なんだが(笑)
後、ミドルキック・ハイキックをすると、足が真っ直ぐに動いて蹴れない関係で、勝手に【ブラジリアンキック】になる。
ブラジリアンキックって何じゃ? って方は、まぁGoogleかシリにでも聞いてくれ。
そして、この世に生まれ落ちてから、5才になるまで、左足に矯正のギブスを、風呂と寝る時以外は、装着したまま生きていた。
だからなのか、元々なのかは、不明だが。
外で元気に走り回って遊ぶ。なんて子供らしい事が出来なかった。
いつも、家の中に居て、絵本を読んだり、テレビを見たり、女の子と、ママゴトしたり、そんな遊びばかりしてた。
今で言うインドアな遊びだな。これを、小さな頃からやってた訳だ(笑)
そのおかげ(?)で、私は読み書きと言う物を、周りの子供よりも遥かに早く覚えた。絵本や本を読みたいから。
幼稚園に入園する頃には、自分の名前を漢字で書けるぐらいには、言語能力が発達していた。
まぁその分、運動は苦手だったが(笑)
これは、まぁ……。自慢かよ! なんて言われたら自慢なのかも知れないが、小学校から中学校までの9年間。テストと言う名の付く、ありとあらゆる物で【90点】以下の点数が、答案用紙に書かれて戻された事が無かった。特に小学校の6年間は【100点】以外の点数を取った事は無い。
子供の頃から、誰かと一緒に、元気に遊び回る。と言う、誰にでも経験のあるだろう事を、私は、あまり経験して来なかった弊害で、周りの同級生達が、何故、こんな簡単なテストで、100点を取れないのか、不思議で仕方なかった。それを、友達の前で言ってたりもした。今風に言うと【まったく空気の読めない奴】ってヤツだな(笑)
まぁ、そんな感じで少しイヤミな奴として、小学校の6年間を過ごした私は、みんなと同じように、学区によって行く学校が決められる、市立や公立の中学校には行かずに、受験をして合格する事で行けるようになる、私立の進学系の中学校に行く事となった。
そして、私は中学生にして、朝から満員電車に揺られ、遠くの中学校に通う事となる。周りに誰一人として、知ってる奴が居ない中学校に。
中学校でも、変わらず、授業を聞いてるだけ。で、勉強が出来てしまう。家に帰っても勉強したり、塾に通ったり等まったくしてないのに、テストで良い点を取ってしまう。
そこで……運動も出来ていれば、よくある【完璧超人】として、また違っていたのだろう。しかし……現実は、運動はまったく出来ない。
走れば、学年で一番遅く。鉄棒で逆上がりはおろか、前周りすら出来ない(笑)
そんな、少し【歪】な奴が、標的にされるのも、学校と言う物の中では、仕方ないと言えば、仕方ないのかも知れない。
私は、中学校2年に、地元の中学校に転校した。
受験までして、通っていた私立の中学校を、途中で中退してまで。
中学1年から2年になるまでの間に、イジメに会ってしまったからだ。
最初は、陰口を言われるぐらいだったが、その頃の私は、ケンカなんてした事も無かった(これ言うと、友人は、揃って嘘吐け! と言うが。おい! ちょっと待て! お前らの中のイメージで私は、そんなケンカばっかしてるイメージなのかよ!(笑)から、されるがままだった。
イジメと言う物は、必ずエスカレートする。そして、ドラマのように、救いの天使が現れる。なんて事も奇跡並に無い。
私へのイジメも、エスカレートの一途を、辿って行く。
悪口を堂々と言われ、授業中に後ろかろ、消しゴムのカスや丸めた紙が飛んできたり、持ち物をゴミ箱に捨てられたり、ノートに、ここに書くのも、ちょっと憚れるような悪口のオンパレードを書かれたり。毎日、毎日、そんなイジメに会っていた。
逃げ出したかったが、安くない授業料を払ってもらってる親には言えなかった……。
そして……。私に対するイジメは、直接的な、暴力に変わって行く……。叩く。蹴る。殴る。
そんな暴力に耐え続けた私は、ある日……。
このまま、死にたい。とまで、思い込むぐらいに、イジメによって、追い込まれて行く事になる。
そんな、ある日の事。小学生の頃のKYっぷりにも関わらず、友達になっていてくれた、友人の1人が、他の中学校の生徒とケンカになり、4対1か何か(はっきり覚えてないが)の状況で勝ちを得たと言う話を、本人から聞いた。
『いや~さすがに、複数居るから負けそうになったから、近くにあった、ビールケース使っちゃったよ』
と笑いながら言ってた。
私は、その話を聞いた時に、正に、雷に打たれたかのような衝撃を受け、そして、それを実行に移す事を、心に固く決めた。
今の時代、こんな事をしたら大問題となるので、オススメはしないが、自分がイジメにより、自分で自分の命を断とうとまで、追い込まれているなのなら、遠慮無く、やっちまえ! と私は、誰が否定しても擁護するだろう。私が取った行動とは……。
いつものように、中学校に電車に揺られ行った。
いつものように、クラスメイトからの無視。
いつものように、授業中に飛んでくる色んな物。
いつものように、いつものように。
そして……昼休み。
私は、行動に移す。
自分が座っていた、木と鉄で出来た椅子の背もたれを、あらん限りの力を込めて、強く強く握りしめながら……。
そこで何をやったのかは、申し訳ないが、割愛させて貰おう、読んでて気分の良い物では無いと思うから。
そして、私に対するイジメと言う知らされてなかった事実が、学校や親達に向けて発覚する。
そこで、何が話し合われ、どんな結論に達したのか、私は今も知らない。私の親が相手に金を払ったのか、払わなかったのか。大人になってから聞いても、はぐらかして答えてはくれない。
そして……。私は、小学校の6年間を一緒に過ごした、同級生が多く通っている、地元の中学校に、2年生から通う事になった。
その後、友達になってくれた奴等に、感化されてしまい、まさか私が不良になって行くとは、誰も私も思いもしなかった(笑)
そして、数年後……高校に通う為に、また満員電車に揺られながら、学校に通ってた、ある日、私がやらかした相手の内の1人に、偶然、駅で遭遇した、私の顔を見た途端に、猛ダッシュで、走って行った……。
おい! ちょっと待てよ、久し振りに会ったんだから、スガ○ヤで、クリームぜんざいでも食べながら、思い出話に花を咲かせようよ。逃げるなよ(笑)
追記
私は、決して暴力と言う物を容認している意図の元に、この作品を書いた訳ではない。
何か別の上手い手があるのなら、その方法を使うように。と私も言うだろう。
後から、事が済んでから。
『もっと早く言ってくれよ』
『なんで相談しなかった』
なんて、綺麗事でイジメが無くなる訳がない。
言えない気持ち。
話せない気持ち。
私には、よく分かる。
だって、私も言えなかったし、誰にも話せなかったから……。
だけど、陳腐なセリフだけど……。
やっぱり私は言おう。
【いつか、こうやって笑い話にする事が出来る日は、必ず来る】
と……。