⑨
「アマオウ様、マグィネ霊山に行く前にギルドへ向かいましょう」
そうセバスチャンから言われたので、ジュジュ達は今ギルドへの道を歩いておる。歩いておるのは大通りから一つずれた道なので行き交う者は少ないが、それでも誰もいないわけではない。
六百年前と比べなぜこんなにも人々が増えたのか、気になったのでリングドーヴに聞いてみた。リングドーヴは殆ど鍛冶場に引っ込んでいて知らんようじゃったが、代わりにとキュローが答えてくれた。
「昔は霊山への巡礼者と鍛冶職人を目指す者、あとは武具の仕入業者くらいしかおらんかったのに。まさか温泉が掘られさらに金鉱が見つかっとるとは」
「大通りを歩いていたのは殆どが金鉱で採掘体験をしに来た者達だったのでしょう。そして温泉は霊山の中腹ほどにあるようです。そこまでの山道も整備されていますので、炎帝鳥ホロアから素材を採取したらぜひ行ってみましょう」
「それは楽しみだの。してそれはそうと……リメッタ、おぬし大丈夫か?」
「そ、そんなの見て分かるでしょう!」
わめくリメッタは自分の身長よりも長い杖を支えにして、薄緑色のローブを着込み、プルプルと震えながら何とか歩いておるといった感じじゃ。
かくいうジュジュも肩と胸当てと手甲だけの簡素な板金鎧を付け、その上に真白なケープを纏っておる。
セバスチャンだけ燕尾服のままじゃが、これは霊山に向かう者が何の装備も無しに行くなど有り得ないからとキュロー達から貰った装備品じゃ。
腰に横向きにつけた小剣を触りながら、いつもの服装とは違う感触に何かこう、ゴワゴワしよる。
「楽をしていたツケが回ってきたんじゃよ。というか、まさか強化魔法を用いて日々を過ごしておったとはの。リメッタのレベルは一、魔力だけずば抜けとる。あとは女神として特殊スキルが使えるようじゃが、今回キュローから貰った呪いの首飾りをジュジュの魔力で強化したお陰でそれらを根こそぎ封じる事ができた。これからジュジュ達と行動を共にするのじゃから、手加減の出来ぬおぬしはステータスやスキルを下げねば悪目立ちしそうじゃしの」
「私は別に食挑者ってやつじゃないのに……自分の足できちんと歩くのなんて何千年振りかしら。ていうかセバスチャンはそのままでいいの? こいつこそレベルが百万超えてる規格外よ」
「セバスチャンはリメッタと違って手加減が出来るからの。ジュジュが転生するまでの間、偽名を使って食挑者活動をしておったからむしろジュジュ達より仕事が分かっておる。センパイとして頼らせてもらうぞい!」
「すみませんアマオウ様もう一度センパイと言ってもらっていいですか?」
「言わぬし無表情で鼻血を垂らすでない」
隙あらば鼻血を出すのに服にまったく付着しとらんのよな、何という無駄な有能さ加減じゃ。
ちなみにリメッタが付けておる呪いの首飾り。本気で壊そうと思えば壊せるはずじゃ。そもそも地上に降臨し神格が下がっているとはいえ、神族の魔力を封じ込めきれる道具など存在せん。
リメッタが癇癪を起こして、弾みで首飾りを壊さんよう気を付けておかねばならんの。
「おぬし最初と比べて少し太ったように見えるからの。これを機にきちんと運動する事を心がけるんじゃな」
「ねえあなた女の子に言っちゃダメな言葉だからねそれ? リメちゃんプチっとやっちゃうぞ?」
「自分でちゃん付けは厳しいぞい……あと何をプチっとするつもりじゃ」
顔は笑っておるが目は笑ってないリメッタに恐怖を感じながら歩き、ようやっとギルドへと到着した。
うむ、外観は其処此処にある建物と同じ石やレンガで作られておるようじゃの。
王都のギルド本部とは違い入り口前で絡まれる事もなく、ジュジュ達は建物内へと入る。ほう。ギルド本部と同じような建物かと思っておったが、どうやらそれは違ったようじゃ。
「これぞ冒険者のたむろする場所! 底辺オブ底辺という想像を現実にしたような場所じゃな!」
「そうですね、ゴミクズ共が蠢いているようです」
「今の会話でここいる奴ら全員敵に回したわよ」
ジュジュとセバスチャンの会話にリメッタが呆れるのも無理はない、が、思わず口に出てしもうたんじゃよ。ギルド本部とは違って剥き出しの石壁に、穴が開いたり軋んだり弾んでおる床板。併設された酒場では真昼間から安酒を飲んで大声を出しておる荒くれ者っぽいハゲに、似たような者数人。
壁に貼られたボードには依頼書が鋲打ってあり、そこには鎧にローブに修道服に上半身全裸など、多種多様な格好の者達が陣取っておった。
うむ、これこそまさに冒険者といった顔ぶれじゃの。
「ちょっとちょっと君達! いきなり来てなに喧嘩を売っちゃってるわけ!」
「あまりにも思い描いていた通りの空間じゃったので思わずの。って、ハンナ?」
カウンターの中(ここはガラスは嵌っておらんようじゃ)から女性の嗜む声が聞こえたのでそちらを向けば、王都のギルド本部にいるはずのハンナが立っておった。
なぜハンナがここにと目を白黒させておったら、ハンナらしき女性は「あぁ」と得心した声を出し、胸にある名札プレートを指差した。
「いえ、私の名前はリンナ。ハンナの姉よ。ほら、あの子と違って髪の色も燻んでいるでしょ?」
「間違い探しでももうちょっと優しい問題を出すぞい」
「まあ間違える人は多いけどね。そ・れ・よ・り・も!」
カウンターを回り込んでこちらまで来た、ハンナの姉というリンナはジュジュの手を取り、慌てたようにカウンターの裏側へと引っ張っていく。
セバスチャンとリメッタも付いてきて、そうして人目を避けるような隅っこに移動させられた。
「ああいう言い方しちゃダメでしょ! ここにいる人達は確かに底辺のクズばかりだけど、腕っ節だけはあるんだから。ギルドを出た途端複数人で囲んで身ぐるみ剥がされるとか有り得るからね!」
「リンナさんもう少しオブラートに、あと声大きいです」
小さい子供を叱る口調で話すリンナに、近くでテーブルにつき作業をしていた男性職員が苦笑する。
ジュジュがそちらを向くと目が合い、眼鏡の奥の真面目そうな瞳が細められた。
「はじめまして。いきなりで申し訳ないけど冒険者証を見せてくれないかい? ——え、食挑者証でももちろんいいよ」
食挑者証でもいいかと尋ねたら、キョトンとしたあと頷いたのでそれを渡す。眼鏡の男性はサッと表面を見て「やっぱり」と呟くと、ジュジュに食挑者証を返した。
「燕尾服の男性に銀髪の少女。そして金髪碧眼の少年——リンナさん、この子がグランドギルドマスターの言っていたジュジュアン・フラウマールみたいだ」
「え! レベル一でビーンズツリーナイトメアを倒して、ギルド本部のギルド長を指一本で倒したっていうあの」
リンナの大声に、ギルド内にいた者達がざわめく。というかおぬしら聞き耳立てておったのか暇人じゃの。
それと最後のは知らんのじゃが。セバスチャンがギルド長のバーバリーとの模擬戦は勝ったとしか言っておらんかったが、さすがに指一本はやりすぎじゃろうて。
「おかしいですね。勝った後に〝私はまだ変身を三回残している〟という決め台詞がきちんと伝わっておりません」
「おぬし変身するのか」
「様式美ですよアマオウ様」
いやいや何の様式美じゃ。セバスチャン変身できるのか……確かにこやつなら何が出来ても不思議ではないが。
「アマオウ嘘だからね? 変身はさすがに無いからね?」
リメッタの言葉に、ジュジュは膝をつき床に四つん這いになってしまう。くぅ、ちょっと変身に期待していたのに!
「あの、そちらで盛り上がってるところ申し訳ないんだけど、ここに来た要件を聞いてもいいかな?」
「あ、あぁそうじゃの。と言っても食挑者がギルドに来るのなんぞ、依頼の確認しかないと思うがの」
何とかショックから立ち直ったジュジュは眼鏡の男性と話し……というかこやつ名前は何なのじゃ。
こちらの名前は知っておるのに自分の名を告げんとは常識外れじゃないか?ジュジュの目線が名札プレートに向けられているのに気付いたか、慌てたように男性職員は頭をかいた。
「ごめんごめん。僕が冒険者や食挑者の人に話しかける事は殆どないから、自己紹介するっていう事を忘れていたよ。僕の名前はダニアン、元四天王でここマグィネカルトのギルドの支部長をやっている。以後よろしくね」
同じ元四天王で本部のギルド長のバーバリーとは対照的に、ダニアンは眼鏡の奥の瞳を気弱そうに細めるのじゃった。
「さて、支部長室まで来てもらったのはいいんだけど」
お互いに自己紹介をした後、それでもあんな誰彼構わず喧嘩を売るような事は危ないとリンナに叱られ、幾ばくか彼女と喋り、今はダニアンに呼ばれて支部長室のソファに座っておる。
お茶と茶菓子が出されておるが、うむ、セバスチャンが淹れたお茶のほうが美味しいの。
「まず君達の事が昨日の夜遅く、グランドギルドマスター名義で各都市のギルドに伝達された。Sランクの魔物出現や、魔境や迷宮で大暴走が起こった時しか使わない魔道具を使ってまでね。この時点でもう、君達が普通ではないのが分かる」
ズズっと音を立ててお茶を飲むダニアンじゃが、目だけはずっとこちらに向けられておる。まるで目を離せば即座に食われるような、猛獣を目の前にしておるような感じじゃ。
「ここマグィネカルトは王都から馬車で五日。魔獣車でも二日半はかかる距離だ。だと言うのに一日と経たずにこの場所にいる……今僕が感じている気持ちが分かってくれたら幸いだよ」
「転移魔法を使ったかもしれんぞい?」
「転移魔法はAランクの魔法使いでも一日五十ゾンが限界だ。ここまでの距離にはまったく足りないよ」
「う〜む。ならばスキルで何とかした、とかはどうじゃ?」
「それを言ってしまっている時点でスキルじゃないと言ってるようなものだよね?」
「そうじゃの」
しかし、まさか移動だけでもビックリされねばならぬとは。じゃがダイフクを使わず移動など有り得んからの。歩いたり馬車で移動するくらいなら転移魔法でポンポン移動するぞい。
「実は君達が常識に当てはまらないのは予想できていたんだ。君達の登録証、右端に魔法で文字が刻まれているんだけど、噂通りの実力なら見れるんじゃないかな?」
「EXと書いてあるの」
「そ、そんなあっさりと……そ、その文字を刻んでいいと認められるのは、イラリアトム王国の王ただ一人なんだ。だから君達は王に認められた、Sランクよりも上、幻のEXランク食挑者と冒険者になるんだよ」
知らない間にランクが幻のものになっておった。なぜじゃ。
いやまあ、ジュジュの正体を知っておればむしろ普通じゃの。ランクを上げる手間が省けたと思えばいいしの!
「そんなEXランクの君達が、ここにどんな依頼を受けにきたのか。教えてもらっていいかい?」
「うむ、ふと疑問に思ったんじゃがいいかの?」
「? なんだい?」
眼鏡をくいっと上げるダニアンに、ジュジュは不思議に思っとる事を問うてみる。
「いつもは冒険者や食挑者と喋らんという事は、この部屋に篭っておるのか?」
「篭るっていうか、ここで仕事をしているね」
「なぜ今日は表に出ておったんじゃ?」
「……えっと」
「ちょろっとリンナから聞いた話じゃが、今日は仲の良い同期が休みで仕事も大変だったけど、支部長が手伝ってくれたから何とか頑張れたと」
「……」
「しかも食事に誘ってくれて日頃の労をねぎらってくれると」
「…………」
「しかもしかも高級レストランで奢りらしいと」
「は、話を戻そうか?」
「リンナ、落とせるといいの」
ガタガタガタドッタンバッタン。と。
かなりうるさく動揺を見せてくれたダニアンをいじめるのはこれくらいにして、ニヤニヤと楽しんでいた顔を戻すとジュジュは真顔になった。
あ、これまだまだニヤついてしまうの。
「念のため聞くけどこの事、リンナさんには?」
「言うておらんよ。若者の恋は応援するのが筋じゃからの」
「若者って君のほうがかなり若いんだけど——いやいい、色々気にしていたら話が進まない気がしてきた。それじゃ改めて、ここにはどんな依頼を探しにきたんだい?」
テーブルに肘をついて両手を口の前で組み眼鏡を光らせ、いかにもな雰囲気でそう問うてくるダニアン。
セバスチャンが隣で「そのポーズを実際にやる者がいるとは」と無表情で驚愕しておるが無視して、ジュジュは炎帝鳥ホロアの素材を採りに行きたい事を告げる。それを聞いたダニアンは、じゃが微妙な顔つきじゃ。
「炎帝鳥ホロアはマグィネ霊山の守り神やシンボルの面もあって、討伐依頼は出さない事にしているんだよ。採取依頼はほとんど幻のような炎帝鳥ホロアの羽根だけど、ただの抜け毛じゃなくて〝ホロア自らが魔力を籠めた羽根〟だからね。君達が自前で欲しいのなら羽根の依頼は受けず、他にマグィネ霊山の魔物討伐や素材をメインに受けていいけど……そうか。ジュジュアン君は食挑者か」
「そうじゃが、何か問題あるかの?」
「冒険者なら魔物討伐の依頼は受けられるんだけど、食挑者は特殊でね。食挑者は素材を使って新しい料理の開発とかがメインだから、魔物討伐の依頼は受けられないんだ。あ、けどそちらのセバスチャンさんが冒険者だから魔物討伐はセバスチャンさんに受けてもらえばいいか」
ダニアンにそこまで言われて、お茶で舌を湿らせながらジュジュは眉根を寄せる。
「討伐依頼は基本的に受けんぞい。素材採取もマグィネ霊山でしか採れない植物や鉱物限定なら受ける」
「あのバーバリーを倒せる実力ならマグィネ霊山の魔物討伐なら簡単だろうに。けれどパーティの方針なのだとしたら仕方ない、それなら君達の意見に沿うよう依頼書を見繕おうか。なに遠慮はいらないよ、さっき気づいた事を今後もリンナさんに黙っててくれたらそれでいいから!」
元四天王なのにバーバリーとは違って小心者くさいダニアンに苦笑しつつ、ではどんな依頼書があるかなと問おうとした時。
「何が何でも! 私は炎帝鳥ホロアを倒して認められないといけないんだ!」
最初に会った時のリンナ以上の大声が、受付とは壁を隔てた支部長室にまで響いてきおった。
先の声が気になって外に出ようとした時、ダニアンが泣きそうな顔でもって止めてきた。
「グランドギルドマスターからは扱いはくれぐれも慎重にと、問題を起こしたらすぐ対応するように厳命されている。だけど来て早々問題を起こすのはどうかと思うんだよ!」
「ジュジュは気になったから見にいくだけで、問題を起こす気は無いんじゃがの」
「なら本当に見てるだけだよ! 間違ってもランクをひけらかしたりしないようにね!」
そのように念押しされてからカウンターのあるところまで戻ってみれば、そこには困り顔のリンナと、噛み付く勢いでカウンターにしがみ付いておる子供がおった。
肩で揃えられたこげ茶の髪と同色の瞳。身に付けておるのは皮鎧や防塵に優れた旅装用マント、腰には細身の剣。
背中に荷物袋を担いだ見た目十四歳程度の子供は、子犬が必死で威嚇するような剣幕でリンナに迫っておった。
「あのねメイヤ? 何度も言ってるようにあなたのレベルとランクではマグィネ霊山関連の依頼は受けられないの。何日通っても意味はないわよ」
「レベルは霊山で魔物を倒せばすぐ上がる。ランクだって素材をいっぱい採ってくれば上げてくれるんだろ!」
「……確かに依頼達成数に応じてランク昇格試験を受ける事は可能よ。あなたは今Dランクだけど、それ以上に上がるにはパーティ登録が必須なの。〝パーティを外された〟あなたにはどの道無理だから、まずは街内で募集されたお使いの依頼をこなしなさい」
そう教え諭すようなリンナの声に、しかしてメイヤと呼ばれた子供はむくれた顔を見せ「若作り!」と捨て台詞を吐いて出て行ってしまう。
こめかみに青筋を立てておるリンナが少し空恐ろしいが、ジュジュはとりあえず近づいてみる事にした。
「一体何だったんじゃさっきのは?」
「問題児がまた増えた……」
「失敬な、まだ何も起こしとらんわい」
「まだ、って言っちゃうあたり自分でも問題起こしそうだとは思ってるのね」
リンナの言葉に舌を出してそっぽを向くと、なぜかセバスチャンとリメッタが近くのテーブルをガンガン叩きながら顔を伏せておった。
何なんじゃ一体?
「そういうアクションを素でやれる事にお姉さんは驚愕しているわ……っ」
「何のことじゃ? それよりさっきの子供、確かメイヤと言ったかの。何を騒いでおったんじゃ」
「あれはマグィネ霊山で依頼を受けたいって騒いでたのよ。この数日ずっと来てるんだけど、レベルもランクも足りないと言っても聞いてくれなくて」
「うむ」
「ジュジュアン君、だったっけ? 念のためあなたにも言っておくけど、マグィネ霊山の適正レベルは二十五。ランクはⅭランク以上推奨よ。そりゃ王都のほうで派手に合格したみたいだけど、ルールは守ってもらいますからね?」
念押ししてくるリンナには悪いが、今頃はダニアンがマグィネ霊山でできる依頼書を見繕っておるはずじゃ。と、ダニアンが支部長室からそそくさと出てきてリンナに何枚かの書類を渡す。それと同時に小声で何かを言われたようで、リンナは大きく開けた口を必死に手で押さえ叫ばないようにしておった。
じゃがジュジュに向けられる目は驚愕に彩られておるの、どんな依頼書を持ってきたんだか。
「……まさか幻のEXランクの人達に会えるなんて。というか実在したのね」
なるほど、驚いたのはランクのほうか。
「ダニアンが依頼書を持ってきたんじゃろ? それの手続きはセバスチャンに任せる。リメッタ、ちょっと付いて来い」
「どこ行くのよ?」
訝しそうに問うてくるリメッタに、ジュジュは先ほどメイヤの出ていった出入り口を見ながらニヤリと笑った。
「ちょいとお節介を焼きにの」
ギルドを出て大通りのほうを見やる。道の先はごった返した人の波しか見えず、あのメイヤの体躯では間に入るのも一苦労じゃろうからあちら側には行っていないと思える。
「さっきの子供を追いかける気? やめときなさいよあんな世間知らず」
「自分を棚に上げてよう言うの〜」
「私は女神だからいいの。だいたい追っかけたって私達には何も出来ないわよ。レベルもランクも足りないんなら、霊山に行く事はでき……まさか、あなた」
信じられないものを見たといった顔のリメッタは無視して、ジュジュは大通り方面とは反対方向に向かって魔眼を発動する。あの子供の魔力は先ほど見た時に覚えたのですぐに見つけられた。
が、これは。
「案の定、素行のよろしくない連中に絡まれとるようじゃの。まぁあれだけ騒いでおったのじゃし、むしろ今まで何もなかったほうが不自然じゃが」
魔眼に映る路地裏の一角では、下卑た笑いを浮かべる男達に囲まれて、壁を背にしたメイヤが固い表情をしておる。双方武器に手は掛けておらんようじゃが、どちらがいつ抜いてもおかしくない雰囲気ではあるの。
ギルドであれだけ騒いでおり、それにメイヤはパッと見ただけでも端正な顔立ちをしておった。
幼さも相まって『そういった趣味』の者に売り渡せば大金が舞い込むじゃろうし、自分達のパーティに入れて霊山まで共にし、途中で楽しむ等も考えられる。
昔からそういった話は枚挙にいとまがないからの。普通は冒険者や食挑者になる者は自己責任の範疇としてそういったイロハを真っ先に覚えるはずじゃが……以前入っていたパーティでは教える前に追い出されたのか。
今まで無事だったのも、運がいいのか悪いのかじゃな。
「リメッタ、呪いの首飾りで落ちた魔力をきちんとコントロールしてみるんじゃぞ。暴発でもさせたら出来るまで飯抜きじゃ」
「私は霊山に行かなくてダイフクやクリームと留守番していて良いのに」
「ジュジュのサポートとして地上に残っておるのに何を言うとるんじゃ。と、どうやら動いたようじゃの」
魔眼で見ている光景に白銀の煌めきが掠めたのを皮切りに、建物三軒ほど先の路地裏から男の怒号が微かに聞こえる。
身体強化の魔法を使い飛ぶように地を駆け路地裏に飛び込む。途端に鉄錆の、血の匂いが僅かに鼻についた。
「このクソガキ! こっちは親切で言ってやってんだぞ!」
「い、いいいきなり大人数で囲んでパーティに入れなんて、ふ、ふざけるんじゃない!」
……何か、予想してた場面と違うの。
腰の剣をブンブン振り回すメイヤは涙目で「この」だの「あっち行け」だの叫んでおるが、腰が引けておるので剣筋は幼年式前の子供よりたどたどしく感じる。
剣に当たらぬよう一歩引いておる男達も、どうやら最初に剣を振られた時に運悪くあたったのじゃろう。手から血を流しておる一人以外は冷ややかな表情じゃ。
下卑た顔に見えた気がしたが、元々そういった顔じゃったんじゃな。納得!
「のう、そこの男」
「ん、誰だガキ。いや、そっちの銀髪。〝銀斜の灰狼〟の関係者だな。悪いがこんなじゃじゃ馬だとは思ってなかった。仲間も怪我させられたし前金は治療費として貰うが、後は自分達で勝手にやってくれ」
吐き捨てるように言うと男は路地の入り口へと歩き出し、残りの男達も後に続く。怪我をさせられた男だけメイヤの事を睨んでいたが仲間に促され踵を返し、そうして場に残されたのは剣を振りすぎて地面に座り込むメイヤと、呆気に取られたジュジュとリメッタ。
勝手に何かの関係者と勘違いされてしまったが、銀髪がどうとか言っておったの。まぁ良い。背後関係を知るより今は目の前のこやつじゃ。
「おぬしマグィネ霊山に行きたいそうじゃの?」
「あ、あんた誰……」
未だ肩で息をするメイヤに、ジュジュはニッコリと微笑んで言うてやった。
「ジュジュアン・フラウマール。おぬしのような無謀で無知な若人を血反吐吐くまで鍛えるのを第二の趣味にしておる者じゃよ」
あ、第一はもちろんお菓子作りじゃぞい?
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