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「うむむむむ〜ん」

「おはよう。って、なに? この所狭しと置かれたお菓子は?」

「おはようございます、リメッタ様。といってももうお昼近いですが」

イラリアトム王国の王、カレアとブルーベリープリンを楽しんだ日から二日後。スイートドラゴンのダイフクの背に生える小屋の中、魔法によってこれでもかと広げられた空間には牧場や農地の他に、古城も建てられておる。

そんな古いなりも手入れの行き届いた古城の調理場で、ジュジュは眉をひそめながら唸っておった。

昼近くというのに今頃起きてきたリメッタ。月の女神三姉妹の三女であるこやつは、陽光を浴びて透き通るように輝く長い銀髪を掻き分けながら、その深緑の瞳で調理台の上にあるお菓子を見、ついと手を伸ばす。

「ダメですよリメッタ様、太りますから。あとパジャマのまま出歩くのは淑女としていかがなものかと」

「ぐっ……朝からこんな精神に良くないものを作らないでくれる? それに私の事女神として扱ってないやつしか居ないのに着飾っても意味ないでしょ」

その手をやんわり、しかししっかりと抑えたのはジュジュの一番信頼しておる部下じゃ。燕尾服を着て短い黒髪は整髪料で程よく整えられ、無表情ながら真紅の瞳は穏やかに細められておる。

そんな二人を尻目に、ジュジュは調理帽を脱ぐと今朝何度目になるか分からない溜息を吐いた。

「まさか本当に、ジュジュのお菓子でステータスが上がるとはの……」

小麦を使ったお菓子としてチュロスとドーナツ。

果物は林檎のコンポートとバナナのキャラメリゼ。

生クリームや牛乳はクレームブリュレとバニラアイス。

チョコレートは前回作った要領のものを型取りして冷蔵庫で冷やし板チョコに。

豆類は小豆を使って羊羹を作ってみたのじゃが……まさかここまでとは。

「クリーム、おぬしの魔眼で見たステータス変化はちゃんと記録したかの?」

「ばっちりニャよアマオウ様。クリームも伊達に我が主、大神アンドムイゥバ様の御使いじゃないニャ」

調理台の隅で浮遊しながら胸を張るのは、天使の羽を生やした二股の白猫じゃ。開いてるのか閉じてるのか分からん目をしており、水晶で出来た王冠を被った様はなかなかにキュートじゃったりする。

これで何百年も地上で生きておる大神アンドムイゥバの御使いというのじゃから世の中分からんものじゃ。

「見せてくれるかの?」

魔法で紙にペンを走らせていたが、ジュジュの言葉を聞いてこちらに飛ばしてくる。それを受け取って中を読んで、また溜息が一つ。

「使う食材によってどのステータスが上がるか何となく分かったが、一番の問題はやはり上がる数値に上限がない事じゃな」

「上限?」

セバスチャンが用意したであろう紅茶を飲みながら、リメッタが疑問符を投げてくる。

「今のところジュジュのレベルが低いから、食べてどのくらい上がるか分かりやすいので実験しとるのじゃが……同じお菓子なら三回までは上がるようなのじゃ。そしてなんと、少しでも違う料理でまた上げる事が可能というわけじゃ」

「例えばどんな感じなの?」

「そうじゃの。例えばこのチュロス、スペインのお菓子じゃが材料は小麦粉と砂糖と水くらいのものじゃ。星型の押し機で成型してから揚げた後シナモンなど付けたりもするがの。それと材料はほとんど同じのドーナツ、この二つで計六回ステータスの向上が可能じゃった」

「ふーん、けど王様が言ってたように、上昇率はそんなに高くないんでしょう?」

「上昇する数値は乱数ですが、どうやら最大で5まで上がるようです。仮に三回食べて5ずつ上がれば15、素手の人族が鉄の剣を装備するのと同程度です。そしてこれが一番の問題ですが、ステータスの数値は999でカンストという概念がなく、どこまでも上げ続けられるという事です」

それが分かったのはセバスチャンにお菓子を食べてもらった時じゃ。ステータスの数値が1000000を超えていたのも驚いたが、それがお菓子を食べただけで上がる様も中々異様じゃったわい。

「……ヤバいわね、それ」

「じゃからそう言うておる」

今回の実験で分かった事として、穀物類は体力。乳製品は魔力。果物は耐性力。豆類は素早さ、チョコレートは何と経験値を与えるようでレベルが上がった。

砂糖やシナモンなど調味料単体はステータスの向上は無く、じゃがおそらく生クリームや小麦粉などを同時に使うお菓子は複数のステータスが上がるじゃろう。レベルを上げるチョコレートなど、レベルを上げるのに伸び悩んでおる者からしたら破格の効果といえよう。

幸いなのか分からぬが、このステータスが上がる効果はお菓子だけのようで、今朝作って食べたオムレツでは上がらんかった……甘くないお菓子も存在するんじゃが、お菓子と料理の線引きはどのようなものか想像が付かんがの。

「やはり世界のルールが変わった時の影響なんじゃろうな」

「恐れながらアマオウ様。お菓子でステータスが向上するという話を私は聞いた事がありません」

「クリームも無いニャ。主もそんな話はしなかったし、完全に想定外ニャよこれは」

「「「…………」」」

「そんな二人プラス一匹で見ないでくれる? 私だってさすがにお菓子を食べたらパワーアップなんてチート、お父様に頼まないわよ。私が見たいのはJRPGであってチートの容認された異世界転生じゃないし」

「おぬしたまにセバスチャンみたいな事を言うの」

そういえばこの二人、意外と一緒に居る事が多いよの。ジュジュが転生するまでの六百年の間も連絡を取っていたようじゃし。

「おぬしらまさか付き——」

「あなたそれ以上言ったら月の女神の真名解放してこの辺り焦土にするわよ?」

据わった目つきで言ってきたリメッタに「冗談じゃ」と手を振り、さて、それでどうしたものか。お菓子を食べさせる相手を選べばいいんじゃろうが、人によって食べさせるか否か決めるなどジュジュのプライドが許さん。

美味しいお菓子を食べるチャンスは、万人にとって平等になくてはいかんのじゃ。

「ほんとはすぐに食挑者として活動したかったんじゃが、先にあの男に会いに行かねばならんようじゃの〜」

「となると向かう先は、マグィネ霊山の麓にある鍛治職人の聖地……」

「さすがセバスチャン、よく分かったの。魔界に住まず魔人族の中で人族と交流を持つ数少ない土棲魔人族(ドワーフ)の街。〝マグィネカルト〟に向かうぞい」




魔王は魔界全土を統治する役目を担っておるが、それは魔界に限った話じゃ。魔界に住んでいない魔人族は管轄外じゃし、今から向かうマグィネカルトはまさに管轄外のモノが作り上げた街じゃったりする。

ダイフクに指示を出して空を駆ける事数十分。ジュジュ達は鍛治職人の聖地、マグィネカルトに無事たどり着いた。

「相変わらず、物売りが、ものすごい熱気を、出しておるの!」

「これ、全然前に、進めないんだけど!」

マグィネカルトはマグィネ霊山と呼ばれる山を背にもち、街の周りは断崖が囲んでおる。ジュジュが魔王の頃はそこに溶岩が流れ、火耐性の強いモノはよく休日に泳ぎに行っておったの。今は溶岩は無くなり誰でも渡れるよう巨大な石橋が掛けられてあった。

ジュジュの食挑者証とセバスチャンの冒険者証(そういえばいつの間にか冒険者試験に合格しておった)を見せ、リメッタの分だけ通行料を払い街に入る。

入ってすぐの大通りには人がごった返しておった。もみくちゃになりながら何とか進もうとするのじゃが、人の波は次から次へと押し寄せてまったく進めない。

祭りの時期でもないじゃろうに、何なんじゃこの異常な人混みは。

そしてそんな人混みに負けず露店や店先で声を張り上げる商売人。相変わらず昔から変わらんの~この街は。

「アマオウ様、リメッタ様、一本路地に入れば人混みも落ち着きますのでもう少しの辛抱です」

「もう無理ー! アマオウ焼き払いなさい私が許す!」

「するか馬鹿たれ。今は口より足を動かすんじゃ」

何とか路地に入って人心地つくと、改めて目的の場所へと歩き出す。大通りから一本ずれただけじゃが人の通りはまばらになり、ようやっと周りを見る余裕ができたの。

「六百年前とそう変わっておらんの〜。それほど経てば技術などは発展して、異世界のように科学技術も進化しておると思ったのに」

「こちらの世界は昔から魔法がありますので科学技術はあまり重要視されておりません。それにレベルやスキルが出てきたのも世界の技術発展が妨げられた要因かと」

「こちらでは物に頼らずとも己の身一つで強くなれる。魔法は努力すれば地形を変え、天候を操り、空をも飛べる。じゃが万人がそこまでたどり着けるわけではない。列車とか飛行機があればだいぶ楽じゃと思うんじゃがの」

「アマオウ様、実は」

「……まさか?」

「はい。飛行機は未だ大型は作られておりませんが複葉機が。列車は人族の領土を横断する大陸横断列車がございます」

「おお! それはいつか乗ってみたいのう」

飛ぼうと思えば飛行魔法を使えばいいし、移動したければ転移魔法がある。じゃがそうじゃない、そうじゃないんじゃよの。

「そんなの乗らずに魔法使えばいいじゃない」

「おぬしは異世界でシンカンセンやジャンボジェットを見てないから分からんのじゃ。あれは男心をくすぐるものがあるのじゃよ。うむ、喋っておったら着いたようじゃな」

ジュジュ達三人が止まったのは、ある一軒の古ぼけた店の前。

『リングドーヴ&キュローの武具鍛治店』と特殊な金属で出来た看板は錆びる事なく掲げてある。

六百年前と変わらずある佇まいに目を細めながら、ジュジュはくるりと後ろを振り返って言った。

「ここが知る人ぞ知る名店、魔王軍御用達の武具鍛治店じゃぞい」




店内に入ると、それは思っていた以上に綺麗な内装をしておった。昔を知る身としては、剥き出しの床板に飛び出したままの釘、所々に穴の開いた樽に無造作に立てかけられた武器、埃をかぶって長い事触られた様子のない鎧などが広がっておると思っておったので少々面食らったわい。

ギルドと似た滑らかな壁や天井は薄いベージュ色で統一され、天井ではシーリングファンが回っておる。

店内で流れる音楽は、音を記憶する魔道具でなくジュジュが異世界に渡った時に見つけ、ここの店主にプレゼントしたレコードから流れてきておるようじゃった。

「明らかに別の店になってしまっとる感じなのじゃが……え、店間違ってないかの?」

「合っておりますよ。ただ六百年の間に店主が交代し、ご子息が大規模な方針転換をしたようですが」

「そうか、店主が変わったのか……」

考えてみれば無理もないよの。寿命が千年の魔人族からしたら六百年六十六年は折り返しを過ぎる年数じゃ。

ジュジュがここの店主であるリングドーヴと出会ったのは奴が四百歳を超えたあたり。普通に考えれば生きてはおるまいよ。

「この店に来てリングドーヴのお小言を聞けぬというのは、何やら寂しいものがあるの」

「アマオウ……」

リメッタが気遣わしげな目をするが、じゃからと言ってジュジュは転生の年数を変える事は出来んじゃった。転生魔法には相応の制限があったからの。

どうしようもなかったすれ違いと思うしかないじゃろう。

「せっかくあやつが好きな羊羹を持ってきたというのにの。というかこの店、店員が誰もおらんではないか? 不用心にも程があるぞい」

「ほほほ、この店は幻惑魔法と障壁魔法を掛けておりますれば。事前予約で渡されるこの半紙を持たない者は、そもそもたどり着く事すら出来ません」

店の奥に通じる扉が音もなく開くと同時、どこかホッとするような声がジュジュの耳へと届く。

その声は聞いた事があるような、じゃが違うような少しの寂寥感(せきりょうかん)を覚える。そちらを向くと立っていたのは土棲魔人族(ドワーフ)の男じゃった。

背はジュジュより少し低いくらいで、髪は無く眉毛と髭が異様に長い。手足は身長に比べて太く短く、いかにも肉体労働が得意といった見てくれをしておった。

格好はポケットが多数付いたツナギじゃが、殆ど汚れておらず新品のようじゃった。目元を隠すほどの眉毛の隙間から覗く瞳は肌と同じこげ茶をしており、じゃが今はその目は好好爺然と細められておった。

「おぬしは?」

「覚えておりませぬか? まあ無理もない、六百年前は私もまだ赤ん坊でしたから。お久しゅうございますアマオウ様。私がリングドーヴ&キュローの武具鍛治店二代目店主、リングドーヴの息子キュローでございます」

深々とお辞儀をするに至って、ジュジュもそこでようやく思い出す事ができた。

確かにリングドーヴにはまだ赤ん坊の息子がおり、何度か顔を見せてもらっておったの。名前までは覚えておらなんだが、そうか。キュローという名前じゃったか。

「そうかそうか! あの小さかった赤ん坊がこんなに大きくなるとはの」

「ほほ、アマオウ様より私のほうが年上というのも何か変な感じがしますね。つい先ほど連絡があった時は心臓が飛び出るかと思いましたが、以前セバスチャン様に半紙を渡していて良かったです。立ち話もなんなので、どうぞ奥にいらしてください」

キュローに言われるがまま奥の扉をくぐると、その先はだだっ広い鍾乳洞じゃった。どうやら空間魔法を掛けてあったようじゃの。扉から下へ続く木製の足場をくだり、スイートドラゴンのダイフクが三匹寝転んでも大丈夫なほどの空間に出る。

隅っこには製錬するための巨大な炉と作業台があり、地下水を引き入れて貯める窪みもある。近くには無造作に剣や槍が置いてあるが、一目見れば店内の商品より品質が良いとすぐ理解できた。

どうやらここが鍛治場兼魔王軍用武具を保管しておく場所のようじゃの。

「リングドーヴに案内された時はもっと狭い洞窟じゃったと思うんじゃが」

「それは私が生まれて数十年まででしたね。人族との戦争後半の頃に洞窟から火竜の渓谷へと鍛冶場は移りました。ただそこだと武具への属性付与が火属性ばかりになりましての……。良質な火は火竜に頼めばすぐ貰えたんですが、さすがに火属性だけの武具ではお客は満足してくれず、またあそこで作った武具はとにかく物保ちが良くて……つまるところ」

言わんとしている事が分かり、キュローの台詞の残りはジュジュが引き継いで喋った。

「ただでさえ買うお客も少ないのに、物が壊れなければ買い替える事もない、と」

「さすがのご慧眼です」

「これくらい誰でも分かるじゃろ、しかしメンテナンスくらいは来るじゃろ? それを買った店以外に頼むのはさすがにないと思うがの」

「火竜の渓谷で作った武器は火属性の他に、自己修復機能が付きましての」

「それはまぁ、何といえばいいやら」

じゃがリングドーヴの事を思い出してみるが、息子にこうまで言わせるほど偏屈じゃったかとジュジュは首をひねる。魔王軍に武具を納品しておった時は普通の物ばかりじゃった気がするのじゃが。

セバスチャンに聞いてみたところ、「アマオウ様は覚えていらっしゃらないようですが」と前置きされた。

あれ? ジュジュのせいっぽい?。

「アマオウ様が勇者にマミられ……失敬。首を落とされる数十年前の事です。人族との戦争が激しくなってきたのでリングドーヴ氏に武具の追加注文をする際、火属性の付与された剣を見てアマオウ様がこう仰りました。〝この良質な火属性の武器があれば戦争もずっと楽になるだろう〟と」

「そんな事言ったかの、ジュジュ」

「確か一週間ほど徹夜が続いていた後の事だったかと。それを言われたリングドーヴ氏は感動のあまり咽び泣き、ならばと火竜と壮絶な死闘を繰り広げ鍛冶場をそこに移し、以降は戦争が終わるまで、戦争が終わっても火属性の武具を作り続けたようでございます」

「私も父の下で修業をしてましたが、火属性の武具しか作れないのは駄目だろうと何度も言ったのです。ですが父は〝魔王様が火属性の武具をお求めになったのだ! 在庫はいくら打っても足りんくらいだ!〟と聞いてくれず、結局ハンマーを握れなくなるまで鍛冶場は火竜の渓谷にありました。またその間魔王軍以外に武具を売らなかったので、私の代になってお客の新規開拓するのにものすごく苦労をしましての」

「すまん。ただただすまん」

ジュジュが謝るとキュローは慌ててそれを制してくる。が、やはりどう考えても無駄な苦労をさせてしまってるみたいじゃしの。だいたい、リングドーヴもそこまで極端にならんでもいいじゃろうに。

ジュジュが更に頭も下げねばならぬかと前に出ようとした時、「ちょっと待ってくれええ!」と腹の底まで響く胴間声が鍾乳洞内をつんざき、ジュジュの足元へ砂埃を上げて『何か』がタックルしてきおった。

いや違う、これはスライディング土下座じゃ!

「アマオウ様に謝られたらオレはもう生きていけねえ! 元々はオレがあまりにも優秀な物を作ってしまったせいなんだから、どうかアマオウ様は謝らねえでくれオレが優秀だからいけないんだああ!」

「なんじゃこの謝っとるのか自慢しとるのか分からん事を喚く物体は!」

「あ、私の父です。身体は寿命を迎えたので霊体化して人造人間(ホムンクルス)に取り憑いています」

「聞いといてなんじゃが何となく分かってたぞい! というかおぬし」

目の前で土下座をしておる、どう見ても石を人の形にくっ付けただけの人造人間(ホムンクルス)にビシッと指をさして一言。

「もう死んでるじゃん!」




「大丈夫? とりあえずおっぱ——肩でも揉む?」

「リメッタよ。何を言いかけたか分からぬが、くだらぬ事を言うならこっそり晩ご飯をジュジュお手製のものと交換するからの」

ただでさえツッコミに疲れておるのにこれ以上手間を増やすなと思う。というより今は、目の前にうず高く積まれた武具の山を未だどこからか持ってきておる、下手すればスキップしそうな人造人間(ホムンクルス)をどうにかせねば。

「リングドーヴ、一応聞くのじゃがこの武具の山はなんじゃ?」

「へい。アマオウ様が褒めてくだすった火属性の武具になります! まだまだ倉庫に入ってますんでしばしお待ちくだせえ」

「まだあるのかこれ」

その武具達は見れば今の時点で百品は超えておる。まだまだがどれくらいから検討もつかぬが、恐らく六百年以上は作り続けていた事になるから……いかん脳が途中で考えるのを放棄しおった。

剣、斧、弓、籠手、鎧、兜、盾などなど。しかも全部がちょっと赤く光っておるから、鍾乳洞内もジュジュ達も真っ赤な明かりに照らされておる。

その内に火が付いて盛大なキャンプファイヤーとかにならぬじゃろうな。

「すまぬがリングドーヴよ。武具はこれで充分じゃ」

「なんだって! ま、まだ作り置きした分の十分の一しか見せてませんぞ!」

さすがに作り過ぎじゃろとは、口が裂けても言えん。元はと言えばジュジュが安易に褒めそやしたせいもあるんじゃし……いや、乗りやすいリングドーヴも多分悪いよの。

あれ、実はジュジュそんなに悪くなくない?

「違うそういう事じゃないんじゃ」

自分の考えに一人ツッコミをして気を切り替えると、両手いっぱいに武具を抱えて右往左往しておるリングドーヴを見据える。

「リングドーヴよ、まずはお互い会えた事を言祝ごうぞ。またこれまでの武具製作の任をよくやり遂げてくれた。感謝するぞい」

「そ、そんなアマオウ様! オレはただ求められるまま武具を作っただけですぜ。戦争も終わってアマオウ様も居なくなってからは〝何でまだオレ作ってるんだろう?〟とか考えたりもしたけど、三百年を過ぎた頃からどうでも良くなったんでそのまま続けてましたが」

その時に止めてて良かったんじゃがのう。

「……けれどやめずに、作り過ぎて良かったと思えました。お褒め頂きありがとうございやす、アマオウ様」

そう言って手に持っていた武具を無造作に放り捨てながら、まっ平らなのにどこか笑った風に見えるリングドーヴの顔(の辺りの石)に、ジュジュがこれでもかと渋面を作って相対した。

「うむ、まぁそのなんじゃ……というか武具は要らないから、ちょっと今から別のを作ってくれんかの?」

その時リングドーヴの頭に位置する石が、音を立ててヒビが入る瞬間をジュジュは当分忘れられんじゃろうの。




「つまり、アマオウ様が作ったお菓子を食べてステータスが上がるのを防ぐ武具が欲しいんですね?」

「そうです。現時点で分かっているのはお菓子にアマオウ様の魔力が宿り、その魔力を取り込む事で身体が活性化されるという事」

「ならばと魔力をまったく出さない状態でお菓子を作ればと思ったんじゃが、魔力をまったく出さないというのは無理じゃったし……そもそもおかしいんじゃよ。魔力の影響でステータスが上がるなら、〝なぜジュジュのステータスも上がるのんじゃ?〟」

ジュジュの武具要らない発言にかなりのダメージを受けたリングドーヴが回復するのを待ち、今は置いてあったテーブルを皆で囲んでおる。

真ん中には人数分に切られた羊羹と、セバスチャンがどこからか用意した緑茶。和菓子と言えば緑茶じゃよの。

さてステータスが上がる原因である魔力じゃが、元々持っておるものをジュジュが取り込んでも変化はないはずじゃ。

なのにジュジュのステータスまで上がるという事は、お菓子の中で魔力が変化しておるという事。

本来はそんなよく分からぬものを食べさせたくはないんじゃが、身体に害は無いようじゃし、お菓子を作っても食べてもらえないなど拷問じゃしの。

「という事は、この目の前にある羊羹もステータスが上がるんですかの?」

「うむ。豆類じゃから素早さが上がるはずじゃよ。キュローは食べれるが、リングドーヴは、というかその顔面、口はあるのかの?」

「大丈夫ですぜ。こうやって顔面に押し付ければ——ほらこの通り吸収してしまいます!ってえ美味すぎませんかこりゃあ!」

見た目的には石に羊羹を塗りたくっていただけなのじゃが、少し目線を外した隙に塗りたくられた羊羹は消えておった。怖っ。

味まで分かるのかと僅かばかり驚いたが、人造人間(ホムンクルス)なら当然かの。自動人形(ゴーレム)と違って人造人間(ホムンクルス)は飯も睡眠も必要とする『生物』じゃから。

「父から耳ダコが出来るくらい自慢していたアマオウ様の洋館……食べてみて驚きました。小豆を使ったお菓子は魔界から取り寄せていますが、この羊羹は飛び抜けておる。口に入れた瞬間に微かに香る小豆の風味、いつも食べている羊羹よりすっきりしているのに、いつまでも余韻が舌に残る甘み。参りました、これからはどの羊羹を食べても物足りなく感じてしまいそうですな」

「そこまで言ってくれてジュジュも嬉しいぞい。今回持ってきたのは練り羊羹、これはテングサという海藻を原材料にした寒天を用いて、煮た小豆を固めたお菓子じゃの。ニッポンで有名なお菓子じゃが、元々ニッポンで広まっておったのは蒸し羊羹という長期保存に適さないほうじゃった。それでは人里離れた者は食べられぬ。甘いお菓子をもっと人の手の届く場所に……そんな思いがあったかは知らぬが、そうして寒天を使い、適切な場所なら常温で一年以上保存しておける練り羊羹が完成したんじゃな。この逸話も相まって、異世界のお菓子で気に入ってるお菓子なんじゃ」

ちなみに甘さを控えるため、甘さを加えず糖度だけ上げられるトレハロースも入れておる。すっきりした甘さを感じられるのはそのせいじゃろ。

「アマオウのお菓子が目の前にあるのに食べられないなんて、胃袋が泣いているわ!」

「おぬし地上に降りてきて何ぞあったかの?」

不変であり不老の神族が成長できるよう祝福を受けておるリメッタ。

じゃがジュジュの作った物を食べると一ゾン太るという呪いにも似た効果もくっ付いてるので、いやこれは呪いじゃな。

神界でも美の化身と謳われる月の女神三姉妹の一柱がただの食いしん坊になってしまった事、大神アンドムイゥバに何て言おうかの。

「お菓子の中の魔力がステータスへ影響を与えるなら、外側から魔力を注いで、影響も結果も全て無かった事にはできる。じゃがそれには、魔力を注がれたお菓子を中心に魔境が出来上がるほどの魔力を使わねばならんのじゃ。現実的ではないじゃろ?」

「そうですな……影響や結果に干渉する、という事なら実は父が今作っているものがありまして。父さん。アレは今どこにある?」

「アレならば——じゃじゃじゃあん! この身体の中に大切に閉まっていたぞ凄いだろう!」

片手を振っておざなりに反応するキュローを尻目に、リングドーヴの腹の辺りから石が割れる音がして、まるで芽がでるように武器の柄らしきものが生えてきた。

リングドーヴが手で引っ張り出してみれば、それは少しばかり大振りなナイフであった。他の武具と違って刀身は青みがかっていて、はらはらと青い火の粉を僅か零しておる。

柄も特段凝った装飾がされておるわけではなく、布を巻いた実用一辺倒な見た目じゃ。

「これは……なんと、ただそこにあるだけで世界の(ことわり)に干渉しておるの。この青い火の粉は干渉された理が剥がれて見えておるのか」

「さすがアマオウ様! その通り。これは神族の決めた世界のルール、理すら切り裂く事のできる武具。名付けるなら〝理乃破壊者(ルールブレイカー)〟!」

「聞いてて恥ずかしくなる名じゃの」

「私も何度も止めてくれと言ったんですが。ですが性能は本物です。これを使えばお菓子に含まれる魔力を切り裂き、ステータスへ影響のないものに変えられるのでは?」

「うむむ」

リングドーヴから手渡された理乃破壊者(ルールブレイカー)に意識を集中し、残っておる羊羹に切っ先を向ける。

少しして、「ダメじゃな」とジュジュは嘆息した。

「ジュジュの魔力を通しそれを浴びたナイフから落ちる理の火の粉。お菓子にかければ、ステータスを上げるという世界のルールをある程度抑えられるとは思う。しかしこのナイフではそれに必要な魔力量を保持できん。せめて格の低い神具ほどの性能がなくてはの」

「神具ほどの性能。父さん」

「おう! 俺も同じ事を考えていたぜ息子!」

リングドーヴとキュローが呼び合ってニヤリと笑い、熱意のこもった目をジュジュの方に向ける。

「なんか面倒な事になる予感がするわ」

「右に同じくじゃ」

「鍛治職人が燃えるような目をする時は大体決まっておりますよ」

三人めいめいに思った事を言うておったら、リングドーヴが相変わらずどこから発せられておるか分からん胴間声を上げた。

内容は、だいたい予想通りのものであったの。

「マグィネ霊山の頂上には炎帝鳥(えんていちょう)ホロアが住んでいて、その羽根は神族にすら火傷を負わせるらしい。それが採ってきてくれりゃアマオウ様が満足いく武具が作れるはずだ!」


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