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⑦外伝〜セバスチャン〜

「ふう」

長々と書きものをしていた顔を上げ、目頭を押さえながら私は伸びをする。

ここはスイートドラゴンのダイフクの背に生える小屋、その内部だ。小屋は入ってすぐ居間兼台所があり、その奥に扉が一つある。

そこを開ければ広大な牧場、農地、森や湖などありとあらゆるものを揃えている。湖の隣には古城も建て、その部屋を自室として使っていた。

アマオウ様にはもちろん城で一番眺めの良い部屋を。リメッタ様は一応女神なので、その真下の部屋に入ってもらっている。

これからどのような旅をするのか分からないが、もし仲間を増やすのなら住居は余裕をもって用意しておかなければならない。

現時点で農地や牧場の管理などに数十人の魔人族が住んでいるが、たとえ数百人規模で増えても御しきれる自信が私にはあった。

「なぜならば、やっとアマオウ様と共に旅ができるのだから頑張れるというもの!」

いかんいかん。思わず声を大にして叫んでしまった。

私は冷静沈着な執事、あくまで執事、クールなナイス執事。よし、大丈夫だ。

と、その時私の息が整うのを見計らったかのように控えめなノックの音が鳴った。

「どうぞ」と声をかけると入ってきたのは月の女神三姉妹の末っ子、リメッタ様だ。

その顔は不機嫌そうに眉根を寄せているが、いつも通りの顔だというのを長い付き合いで把握している。

「男の部屋に一人で来るなど、用心の足りない行動だと思いますが?」

「あなたにそんな欲望がないのは知ってるわよ。アニメの続きを借りにきただけなんだから変な事言わないの」

アマオウ様が特に好んで行かれていた地球という異世界に、ニッポンという地域がある。アマオウ様はオウシュウのチチュウカイなどによく行かれていたので知らないが、ニッポンはアニメという娯楽番組がとても人気なのだ。

かくいう私も魅せられた一人。部屋の壁にはポスターやサイン色紙、フィギュアに関連書籍など宝の山が置かれている。

女性はこういった趣味に傾倒した者を嫌悪するらしいが、リメッタ様は腰まである銀髪を揺らしながら近づき、深緑の瞳を悩ましげに細めながら、棚に収納されたアニメのBDを物色しはじめた。

前回貸していた螺旋の力で戦うロボットアニメの続きを探しているようだ。

「リメッタ様、順調に毒されていて良い傾向です」

「九割くらいはあなたのせいだけどね。アマオウが居なくなって暇すぎたからといって、あの時最初に話しかけたのは間違いだったかもしれないわ」

「ご冗談を、充分楽しんでいるように見えますよ?」

「……否定はしないけど。それよりあなたは何をしてたの? この時間はいつもアマオウにベッタリなのに」

こちらに視線を移した時、机の上にあるノートに気がついたのだろう。リメッタ様が目で促してきたので、私はそれを手に持って見えるようにした。

「日記ですよ。アマオウ様が転生されたら付けようと思っていたのです。アマオウ様は牧場や農地の視察に向かわれました。案内は管理の魔人族達に任せてあります」

「へえ、何だか意外ね。なかなか普通の趣味じゃない」

「ショタ化したアマオウ様のすね毛すら生えていない肢体は映像と脳内に焼き付けていますので後は文章で存分に舐め回すいやいや、後世に残さなくてはいけませんから」

「普通じゃないわねむしろ異常だわこれ」

ドン引きした顔の絶世の美少女というのも、私の愛するニッポンでは掃いて捨てるほど有り触れたシチュだ。今更そんなもので私は萌えない。

と、「ん、映像?」とリメッタ様が訝しげな顔でこちらを睨んでくる。その深緑の瞳にはありありと興味の色が見て取れた。

「観てみますか? タタタタンタターン。ビ〜デ〜オ〜カ〜メ〜ラ〜」

「無表情で初代猫型ロボット声優の真似をするのやめなさい怖い!」

ちょっとしたお茶目なのだが、やはりまだまだニッポンの聖地にいる諸先輩方の域には到達できないようだ。頑張らねば。

「今とてつもなくどうでもいい決意を固めた気がするんだけど……」

「気のせいですよ、それではテレビに流しましょう」

聖地で買った薄型テレビに繋いで映像を流す。今流しているのは幻影城での一幕だ。

「あなた、あの場面でビデオカメラ回してたの……え、馬鹿じゃないの?」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてない褒めてない」

それでも食い入るように観ているリメッタ様は、私とはまた違う形でアマオウ様に魅せられた者なのだろう。

あのお方の呪縛は神をも超える。本当に、私のような者すら魅力してしまうのだから、とんでもない。

「イラリアトム王国ね……〝あの事〟、まだアマオウには教えないつもり?」

リメッタ様の声には先ほどまでと違い、ひり付くような真剣さが窺えた。あの事——それは図らずも私が日記に書こうか迷い止めた事でもある。

勇者イラリアと、仲間のその後。

「この国を転生先の国に選んだのはアマオウよ。色々思うところはあっての事だろうけど、今黙っていたって世界を回ればいつか知る事になるはず。勇者イラリアが魔王を倒してどうなったのか。〝人族からどんな事をされたのか〟」

「……分かっておりますよ。ですがアマオウ様はまだ記憶が戻って日が浅い。それにどうやら、転生前の十二年という月日が思った以上に染み付いているご様子です」

「ああ、確かに昔と比べて言動とか行動が子供よね。年相応ともいえるんだろうけど。いいわ。あなたがそこら辺をきちんと考えているのなら、私から言う事は何も無い。じゃあこれ、借りていくわね」

いつの間にか手には続きの映像ディスクが握られており、リメッタ様は身軽な動きで扉まで歩くと、最後にちらりと私のほうを向いた。

「私は当時どちらかの味方ではなかったし、人族にも魔人族にも感慨なんて無いけれど……勇者の事を考えると居たたまれないわ。どんな形でも傷付けてしまうんだから、あまり後悔のないようにね」

「女神のご注進痛み入ります。では私からも少しだけ。今朝のハニーシュガートースト生クリーム添えを合わせて、リメッタ様が食べたアマオウ様の料理は計六品。つまり六ゾンの体重増加になります。ダイエット器具、通販で取り寄せましょうか?」

「やめて! 現実なんて知りたくない!」

絶叫するように言って扉を力一杯閉めリメッタ様は叫びながら走り去っていった。

ふむ、しかし女神が太っていては格好が付かないのは事実。本当にダイエット器具を検討せねばならないかもしれない。

「本当に、どれだけ力があってもままならない事が多く困ってしまいますね」

人族として転生したアマオウ様が、人の業をどれだけ受け入れられるのか。それとも前世のように修羅の道へと至ってしまうのか。

私は結局、それを昔のように隣で見ているしか出来ないのだろうなと自嘲する。

《——おははは! 良い王を持ったようじゃな! じゃが王よ、貴様にもあるようにジュジュにも許せぬラインというものがある——》

流しっぱなしだった映像のアマオウ様の声は、力強くも痛々しい幼子の声に聞こえてならなかった。


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